各レースが終わるたびに、スプリンターズSが初のGⅠ出走となるタイキシャトルのレース振りを期待するような口振りが聞こえてくる。

     それだけ、注目されている存在で他の馬については注目され難い状況になってしまっている。

     他のGⅠ馬といえば、去年の高松宮記念とスプリンターズSを制した女王フラワーパーク。

     2年前の当レース覇者ヒシアケボノとなっているが、共に成績が下降線で既に当時の勢いは無く、タイキシャトルに大きく突き放されているだろう。

     そのためか、人気の争点はタイキシャトルを中心とした新鋭の3歳馬が1番人気と2番人気を分け合っている。

     2番人気のワシントンカラーはタイキシャトルと同じくマル外で、ユニコーンSでタイキシャトルの2着になった実績がある。

     それだけではなく、芝重賞のクリスタルCを制しており芝ダート兼用の短距離馬である。

     と、古馬混合戦の中で3歳2頭が1番人気と2番人気を分け合うのは異例であり、古馬勢力が奮闘するかに掛かっているだろう。

     その古馬勢力の人気はGⅠ勝ちの実績を持つフラワーパークが3番人気で何とか意地を見せている。

     その次――4番人気に京成杯オータムハンデを制したダンシングウイナーが続いている状況。

 

    「4番人気なら、まぁ何とか納得出来るな」
    「わたしはワシントンカラーよりも人気が下なのは納得出来ませんけどね」

 

     ワシントンカラーはまだ重賞1勝馬で、ダンシングウイナーに比べると実績は大きな差がある。

     オッズ面ではそのようになっているが、競馬新聞の半数はワシントンカラーよりもダンシングウイナーに印が集まっている所も。

     だが、競馬ファンが選択したのは古馬よりも勢いがある3歳馬で、その判断を打ち破るには3着以内に入らなければならないだろう。

 

    「さて、今回は詰まる事無く、走ってもらわないとな」
    「そうですね。安田記念はそれで5着になったのが精一杯でしたし、それよりも上の着順になって欲しいですね」

 

     それだけ、安田記念の結果は秋子達から見れば惜敗であったレースで、今回がリベンジのチャンスといえる。

 

 

     スプリンターズS直前の阪神11レースが終わると、待機所で輪乗りしていた各馬がゲート前に移動。

     どの馬もしっかりと鍛え上げられた馬体が陽光を浴びて輝いているが、タイキシャトルだけはそれよりも際立つオーラを纏まっているように見える。

     栗毛の馬体がそう際立たせているのか、王者らしい佇まいが見る者を魅力させるのだろう。

     そして、中山競馬場のGⅠファンファーレが演奏されて、観客もそれに合わせて丸めた競馬新聞で手拍子を行う。

     そのファンファーレが演奏されている最中に奇数番号の馬から、順次にゲートに入っていく。

     ダンシングウイナーは7枠14番からのスタートとなり、大外よりはマシな状況だろう。

     そして、大本命に推されているタイキシャトルは大外――8枠17番からのスタート。

     出遅れた馬は1頭もおらず、GⅠ戦らしく選ばれた馬が出走しているのでスタートを失敗するようなミスはしないようだ。

     タイキシャトルは王道の走り――前から3~4番手付近を駆けており、ダンシングウイナーはタイキシャトルの後ろから進めている。

     ピッタリと後ろでマークをしているわけではなく馬群に包まれている格好。

     だが、タイキシャトルを内に入れないように、横で走っている馬を壁として、ダンシングウイナーが接触し過ぎない程度に圧力で押し込んでいく。

     斜行している訳でもないので、この作戦は批判されるようなものではない。

     タイキシャトルはリズム良く走っているので下げるのはリスクが大きく、大外を回し続ければスタミナが早く尽きるのだから。

     何よりもここは中山競馬場であり、大外枠の馬は最終コーナーで膨れやすく不利を被りやすい。

     GⅠ戦だからこそ、こうした手段は勝つ為の武器になるのでダンシングウイナーの騎手は上手く騎乗している。

     残り400m、と先頭の馬が最終コーナーを回り、310mの直線を観客の歓声を浴びながら駆けていく。

     ダンシングウイナーはタイキシャトルを外で走らせ続けるのを終わらせると、外から斜行にならない程度に馬場の中心に向かい、騎手の鞭に応えて加速する。

     大外を回され続けたタイキシャトルはこれで終わったと思いきや、騎手が手綱を押して鞭を振るうと、綺麗な走りで先行馬を捉える。

     残り200m。

     ダンシングウイナーが逃げ馬を交わして、先頭に立ち栄光のゴールまで少しずつ近づいていく。

     中山競馬場の坂が半分を過ぎた所で、タイキシャトルが猛然とダンシングウイナーに馬体を合わせ、騎手は必至の形相で鞭を振るう。

     1発、2発、3発と馬は騎手の鞭に応えるように伸びて、栗毛の馬――タイキシャトルがダンシングウイナーに3/4馬身の差を付けて勝利した。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ワシントンカラー……父はブラックタイヤフェアー。