駆ける馬　４０５話

　　　　　ＴＶで放送中の競馬チャンネルではスプリンターズＳの１週間前調教と直前調教を比較したタイムが映っている。

　　　　　ダンシングウイナーは１週間前と比べてＷコースのタイムを１秒短縮し、仕上がり良好の印象を見せ付けた。

　　　　　内容は併せ調教で５馬身前を走る調教パートナーを最終コーナーから加速させて、外から１馬身の差を付けて抜き去るという内容。

　　　　　ＧⅠ直前だからこそ、勝ち癖を付けるために調教パートナーは５歳ＯＰクラスの馬だった。

　　　　「後は当日を待つだけで、順調に仕上がったみたいですね」
　　　　「思ったより力強い走りだったな。これなら善戦も期待してよさそうだ」

　　　　　元騎手の解説者がボードにダンシングウイナーの調教評価を７５点と高評価を示している。

　　　　　だが、３歳牡馬がダンシングウイナーよりも上となる８５点という１番の評価を付けられていた。

　　　　　その馬はタイキシャトル。

　　　　　デビューは蹄やゲート試験の失敗もあり、今年の４月と遅かったが初戦から実力の片鱗を見せるように２着馬に４馬身の差を付けて快勝。

　　　　　２戦目の５００万下も順調に勝ち上がると、３戦目は重賞のユニコーンＳに出走し、並み居る相手に２・１/２馬身差で初重賞制覇を果たす。

　　　　　その後は休養に入り、休養明け初戦のセントウルＳで歴戦の古馬相手に楽勝し、４戦４勝でスプリンターズＳに向かう。

　　　　　威風堂々とした姿で王者としての風格を既に持ち合わせており、暫定王者しか居なかった長年の短距離路線に楔を打ち込んでくれそうな馬である。

　　　　「まだ４戦目だから、底が一切分かりませんね」
　　　　「強いのは確実だろうが、そこが唯一の弱点かもしれないしな。ダンシングウイナーの方が経験を武器にしやすいだろう」

　　　　　既に１５戦目となるダンシングウイナーだが、タイキシャトルとは４倍近くの実戦差がある。

　　　　　経験が素質を打ち破るのか、素質が経験を上回るのか。

　　　　　歴戦の古馬が実力を発揮して勝利するのか、３歳馬が若さという武器で制覇するのか。

　　　　　そんな競馬ファンからの想いも込められているのが、今年のスプリンターズＳであり、それだけ長い間は短距離王者が居なかったのだから。

　　　　「負ける訳にはいきませんが、ファンからしてみれば短距離王者と誕生は待ち遠しいのでしょうね」
　　　　「ここ数年は連勝した馬が少なかったからな。不満にもなるだろう」

　　　　　秋名も不満げたっぷりな口調で吐露するが、強い馬を生産出来なかった不甲斐なさが込められている。

　　　　　それだけ、チャンスがあったのは確かなのだから。

　　　　　Kanonファームにとって、スプリンターズＳは勝負レースに違いないが、もう１つのレースも見逃せない。

　　　　　それは栗毛の２歳牝馬――アリスインターフのデビュー戦となるのだから。

　　　　　アリスインターフは父がキャロルハウスと欧州の１流路線で結果を出した種牡馬だが、現在はサンデーサイレンスに大きく水を開けられている。

　　　　　そのためか、産駒数は多くなく代表的な産駒は小倉２歳Ｓを制したエイシンサンサンのみ。

　　　　　案外な成績が多いので、アリスインターフが走らない産駒ではない事を期待しているのであった。

　　　　「距離は芝１６００ｍだったな」
　　　　「母のサイレントアサシンが短距離向きで馬体も似ていますから、マイルなら向く可能性は高いでしょう」

　　　　　アリスインターフは毛色だけは父似だが、馬体の形はスリムではなくガッチリとした短距離向けの馬体。

　　　　　そこでデビュー戦は１６００ｍとなった訳である。

　　　　　人気面は父が欧州血統でクラシックディスタンスで活躍した馬だった為か、アリスインターフの人気は１２頭中８番人気。

　　　　「ズブイ血統だと思われているようですね」
　　　　「まぁ、仕方ないだろう。この距離で活躍し難い血統なのは確かだろうしな」

　　　　　そして、レース発走時間となり、各馬がゲートに収まっていく。

　　　　　アリスインターフは嫌がる素振りを見せてから尻っぱねを行い、気が済んだのゲートにすんなりと入る。

　　　　　最後に８枠１２番の馬が入り、スタートが切られた。

　　　　　大きく出遅れた馬は居ないが各馬はデビュー戦なので、スタートから入れ込み騎手が手綱を引っ張ってしまっている馬もいる。

　　　　　そんなレースなので、それに釣られるように他馬も行きたがってしまい先行勢には厳しいハイペースになってしまった。

　　　　　アリスインターフは何とか馬群の中で落ち着いて進めているが、いつ爆発してもおかしくない状況。

　　　　　残り８００ｍと、レースの終わりが近づいてきた。

　　　　　騎手はアリスインターフの血統に底付けされたスタミナを武器に、ここから仕掛ける。

　　　　　ハイペースで前は長持ちしないが、アリスインターフは一瞬の切れよりも長く脚を使えるタイプなので、この仕掛けは間違っていない。

　　　　　４コーナーに入るとアリスインターフは馬場の中心からしっかりと加速した勢いを削がないで脚を伸ばし、前を捉える勢いで進む。

　　　　　しかし、アリスインターフの外から他馬が一瞬の切れを発揮し、そのまま抜き去り、アリスインターフは２着が限界だった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：タイキシャトル……父はデヴィルズバッグ。