タツマキマキマスカが1000万下を勝利し、これで1600万下に昇格。

     後は1600万下さえ勝利すれば2度目のOPクラスに昇格し、再びルビーレイ、メジロドーベル、キョウエイマーチと相見えるだろう。

     勿論、まだ見ぬ強豪であるシーキングザパールも居るので、こんな所で止まっているわけにもいかない。

     既に10月に開催される秋華賞に向けての調整は始まっており、どの陣営も牧場でじっくりと乗り込んでいるのだから。

     それに比べて、タツマキマキマスカは1000万下からのスタートだったがレースという実戦で経験を積んでいく。

     どちらの方が結果を出すかは秋華賞まで持ち込まれたので、後は駆け上がっていくのみである。

 

    「無事に1000万下を勝利して、ホッとしました」
    「ここを勝利出来なかったら秋華賞までのローテーションが厳しくなっていただろうしな。これで1600万下さえ勝てれば良いんだが」

 

     “IF”になるが、ここで負けてしまっていたらローテーションを大幅変更しなければならず、秋華賞に間に合わなかった可能性が高い。

     その場合は約束を反故したため宮藤からぐちぐちと文句を言われ続けてしまっていただろう。

     現に勝利した時には電話越しだったが、いつも通りの強気な言質と珍しく祝言もされていたので、それだけ宮藤が再戦を待ち望んでいるのである。

     なので、このままトントン拍子に勝ち進んでいかなければ、何を言われるか 分かったものではない。

 

    「やれやれ、とんだ約束をしてしまったな」
    「そうですか? これくらいの難題は超えられないとタツマキマキマスカの先は無いと思いますよ」
    「まぁ、それもそうだな。しかし、ここからが厳しいのは変わり無いがな」

 

     次の1600万下を勝利すればOPクラスに昇格するが、9月に出走予定である紫苑Sから出走権利を狙う。

     次走は8月の予定なので今後は月1走ずつとなって、10月の秋華賞を目指すのでオークス後から殆ど休養していない計算になってしまう。

     だが、それを乗り越えなければ秋華賞の出走はあり得ないのだから。

 

 

     夏らしく日差しが強くなり、Kanonファームで放牧されている馬は日陰の下でのんびりと寛いでいる。

     中には喧嘩する様に放牧地で争っている馬もいるが、大抵の馬は涼しくなるまであまり動く事は無い。

     それでも追い運動という調教をこなさなければならないので、暑さに負けず調教コースを何週も駆けていく。

 

    「今日のタイムはどうだった?」
    「昨日より0.2秒遅れていますけど、誤差の範囲内ですね」

 

     名雪はヘルメットを外し汗まみれになった額を拭いつつ、従業員に今日の調教タイムを聞いている。

     長い髪もヘルメット内に納めていたので、頭を振るうと幾多の汗が飛び散ってしまう。

 

    「やはり、連日の暑さに参ってきた所だろうね……とはいえ、手を休ませる訳にもいかないから、明日もやるよ」
    「では、明日の調教はどうします?」
    「今日は右回りだったから、明日は左回りでインターバル調教を10週させるよ」
    「分かりました。では、これが今日の調教タイムです」
    「お疲れ様。じゃあ、後は馬を洗っといてね」

 

     名雪はボードに挟まれ調教タイムを書かれたメモを従業員から手渡されて、じっくりと熟読しながら家に戻っていく。

     身に着けていた調教のジャケットを脱ぎ、Tシャツとジーンズという格好で名雪のスタイルの良さがハッキリと分かる。

     手書きで記入されている為、個性的な文字になっているが、細かくタイムを記されている。

 

    「前半が早かった分、後半が伸び悩んだ格好だなぁ」

 

     1週1000mの平均タイムは1:13.4付近で、0歳馬にしてはマシな方だろう。

     まだ人を乗せていない状況の追い運動なので、経験さえ積めば徐々にタイムは縮まっていく。

     夏に入ってから始めたばかりなので、まだまだ伸びる可能性があるタイムで今後に期待が出来る。

 

    「秋には1周平均が1分12秒になって欲しいな、と」

 

     名雪は独り言を呟きながら、前を見ずに片手で持ったボードを見ながら歩いている為、やや不安定な歩き方になっている。

     それだけ熱中しているのが伺えるのだが、誰かに見せられるような格好ではないのは確か。

     名雪もすっかりと調教が上手くなり、祐一や佐祐理に負けずに着々と実力を上げている最中である。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。