佐祐理が函館競馬場で苦労しながら騎乗馬を確保している中で、明日の祐一はまずまずな数の騎乗依頼が舞い込んでいた。
人気薄の馬が多く勝ち負けには厳しいという見解が記者の間では流れているが、中には元中央で勝利した馬もいる。
5月デビューと同期に比べると遅かったが、それでも現在は5勝目を飾っており、快進撃とはいわないが徐々に成績が上がってきていた。
川崎競馬は1ヶ月に5開催で、そのうち1日に11レースと中央競馬より1レース少ない。
そのため、新人騎手としてはスタートが遅かったにも関わらず今の時期で5勝は優秀といえる。
まだ重賞に騎乗はしていないが、併せ馬の調教パートナーで騎乗する事も増加しているので、評価はされているだろう。
川崎競馬場に訪れる年季の観客も既に祐一の存在を覚えたのか、惨敗したり下手な競馬をして惜敗すると野次が飛ぶように。
観客から心無い嘲笑もあるがそんな時は黙らせるように勝てなくても穴を開けるので、ちょっとだけ川崎競馬の名物になっている。
「今回の騎乗馬数は多いけど、勝ち目は低くそうだ」
手に握っている出走表を見ながら祐一は呟いているが、0%ではなく僅かでも勝算があるのだから。
今回は6レースの騎乗で前走は祐一が導いて勝利した馬も引き続き騎乗する事になっている。
「続けて乗れるのはチャンスだが、手の内を知られているからなぁ」
勝利した時は逃げ切り勝ちと、スローペースに持ち込んで最終コーナーから仕掛けた結果だった。
流石にベテランジョッキーが多い川崎競馬場では奇襲作戦は1度のみしか通用しないだろうし、今度はマークされる割合が高い。
同じ手段が通用するほど競馬は甘くないので、今回は前走と違うレース展開に持ち込まなければ惨敗の可能性も。
「さて、どうするか……逃げ一辺倒なタイプだしな。大きく2番手を突き放せば、他馬の仕掛けが早くなるだろうし」
小回りな競馬場だけであって、各コーナーは厳しい角度なのが川崎競馬場の特徴。
「……よし、この作戦なら何とかなるか?」
祐一はこれという案が決定したからか、吹っ切れた様子で次の出走馬について考え始めた。
佐祐理と違い緻密に複数の案を考えるのではなく、1つの案を元にして展開に差異があるとレース中に切り替えるのが祐一の方法なのだから。
祐一は1つの案を元に展開で組み立てるのに対して、佐祐理は複数の案を考えて、最善な案を導き出す。
どちらが正しいとは言えないが、結果を出しているので今の所は支障が無いだろう。
レース当日。
夏だけあって普段の川崎競馬場よりも入場者数は多く、中央と比べる程の観客数では無いが、こうした観客増加には騎手のやる気を促す。
そして、何よりもナイター競馬という中央競馬では見られない夜間競馬が観客を虜にしている。
これが現在の地方競馬ならでの集客アップの作戦で、輝くイルミネーションが人気の一因である。
勿論、これだけでは競馬ファンは寄り付かないので、後は騎手が如何に迫力のある競馬を観客に見せ付けるかが鍵なのだから。
「……せめて、1勝はしておかないとやばいな」
祐一は騎手の待機室で頭を抱えながら、ぼやいているが今日の結果が変わる訳ではない。
因みに祐一が最終レースで引き続き騎乗する馬以外の結果は以下の通り。
1R:7着。
2R:12着。
5R:5着。
6R:3着。
9R:10着。
掲示板に載ったのは2回で、馬券払い戻しまでの着順に入ったのは6Rの1回のみ。
最終レースである11Rのみは、勝利しておきたいのが祐一の本音だろう。
「よし……いっちょやるか」
パンと両手で頬を叩いてから祐一はパドックを周回していた騎乗馬の下に向かい、厩務員の手を借りてサッと騎乗する。
「相沢。そろそろ勝たないとテキから雷が落ちるぞ」
「それを言わないで下さいよ……という訳でちょっと走らせてきます」
そんなやり取りをしながら、祐一と厩務員はパドックから馬場に向かわせる。
そして、レースが開始される。
祐一はスッと好スタートを切ると戦前の予想通り逃げの体勢を取り、リズム良く進めていく。
だが、それを阻止させるといわんばかりに2頭の馬がピタリとマークしてきた。
祐一はマークされるのが分かっていたようで大きく突き放す事は無く、淡々とペースを刻んでいく。
そして、コーナーに入った瞬間、キツイ小回りという事を利用して加速させる。
騎乗している馬が小型で馬体重が400kg前後しか無い馬ならではのコーナーワークを利用して、僅かに差を広げる。
他の馬は大型馬という事もあって膨らんでしまい、祐一は上手い具合にその隙を突いて最短距離をキープしたまま直線に入る。
しかし、マークされていたという事で流石に最後まで気力は持たなかったのかゴール前で差されて、鼻差で敗れてしまった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。