ローカル競馬が開催されるようになると、騎手は鞭1本だけで各競馬場を渡り歩く者が居れば、中には向上心の為に同じく鞭1本で海外に行く者も。
どちらも自身の腕を磨く為や名誉を得る為と、向かう方向こそは違うが騎手という職業を的確に表しているだろう。
とはいえ、この時期――ローカル競馬では来年のクラシックを見据える2歳馬の騎乗を確保するのは簡単にいくものではない。
1流ジョッキーは北海道を主戦場とし騎乗依頼が多く集まるので、新人には厳しい場所ともいえる。
そんな中で、函館競馬場の調教コース前には騎乗馬を確保する為の営業を行っている騎手が多い。
出張馬房の前で交渉する騎手も居るが、大抵はコース脇――待っている騎手が他陣営の馬の調教時間が掛かって、乗り役が代わる可能性があるという理由が。
そこでは一際目立つ女性騎手――佐祐理がセミロングまで伸ばした髪をゴムに一纏めした格好で騎乗馬を探している。
一応、秋子からファントムロードの騎乗依頼を貰っているが、近走の成績から人気薄で勝ち目は低いと評価されている。
貰った騎乗依頼なので、出来るだけ人気より上にしたいのが佐祐理の心情だろうが、この馬だけでは心許ないのは確実なのだから。
「うーん……なかなか騎乗馬を見つける事が出来ませんねー」
佐祐理は残念そうに独り言を呟くが、その表情は諦めを一切含んでおらず、這い蹲ってでも見つけるという意志が込められている。
ただでさえ、女性騎手というだけで集まり難い状況に新人騎手+北海道開催という厳しい要素が積み重なっていた。
「私は負けませんよー」
と、気合を入れるために小さく握り拳を作ってから、騎乗馬を見つける為に再び歩き始めた。
そして、なんとか集めたのは土曜日3頭と女性騎手としてはマシな騎乗数だが、どの馬も人気が薄い。
しかし、この状況にも関わらず集まったのは佐祐理の腕を信頼しての可能性高く、人気薄を走らせる技術を買われたのかもしれない。
「さて、騎乗馬は集まりましたし、後はデータを復習して展開を考えなければなりませんね」
今の所は出走馬が確定している訳ではないが、ある程度は登録馬によって見極めが可能。
そのため、佐祐理は出走予定馬一覧表を競馬協会から貰い受けて、出張寮の自室に戻って作戦を練り始めた。
自室の中は1ヶ月近く住む予定の為か、ある程度の衣類と競馬に関係するブーツと鞭が置かれているのみ。
因みに競馬雑誌や新聞などは競馬協会と懇意の関係なので、全ての新聞雑誌が届く仕組みになっている。
佐祐理はその競馬新聞の中で最も過去5戦の成績が細かく記載されている新聞を見開き、騎乗する出走予定馬の成績を照らし合わせていく。
「うーん、やっぱり能力的に足りない馬が多いですね。と、なると奇襲した方が成績が良くなりそうです」
佐祐理は独り言を漏らしながら、騎乗馬の近5走の結果を再び見直していく。
最初に騎乗する馬の4走前は勝利していたが、放牧明けになると大敗し続けており、クラスの壁にぶつかっている感じが見受けられる。
「勝利した時は5番手からの抜け出しての押し切り勝ちですか。エンジンのかかりが遅いタイプっぽいですね」
早仕掛けを承知で仕掛ける事になりそうだが、それ以外の方法はハイペースになればという展開頼りになってしまう。
展開頼りでは臨機応変に動く事が難しくなるので、案の1つに留めておいてメモに記入してから佐祐理は他の案も考え始める。
「思い切って逃げる手段もありといえばありですが、これは指示次第でないと厳しいですねー」
佐祐理は新人騎手なので、どちらかというと調教師から指示を貰ってその通りに動く必要がある。
ベテランの様に任せられるのはまだ程遠いので、佐祐理はわざとらしく独白して深く吐息を吐き出す。
しかし、1つの案なので佐祐理はメモに記入してから、別の馬も同じ様に取り掛かっていった。
そして、レース当日。
佐祐理はファントムロードを含めて4頭の馬に騎乗したが、どの馬も人気よりは上になったが掲示板が精一杯。
最初に騎乗した馬は思ったよりも体調が上向いていたのか、スローペースだった事も含めてマクリ気味に上がって5着に食い込んだ。
「1つも勝てませんでしたか……乗れた分はマシかもしれませんけど、これでは駄目ですね」
佐祐理は1つも勝てなかった事を反省しており、掲示板に乗った事だけでは満足しておらず、果てしなき向上心が今の佐祐理を支えているのであった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。