駆ける馬　３９５話

　　　　　ジワジワ、と夏らしい陽射しが日高地区を照らしながらも、今日も淡々と牧場作業を消化していく。

　　　　　最近のKanonファームには生産馬が活躍しているからか、この夏を利用して少数ながらも競馬ファンが訪ねに来る事が増えている。

　　　　　大手牧場の様に観光施設や休憩施設などは無いが、訪ねに来る競馬ファンは一目で分かるくらい競馬歴が長い者が多い。

　　　　　ただでさえ、Kanonファームの生産馬の血統は主流から外れた馬が多く、高額種牡馬を種付けしていなくても結果を出しているのが人気の秘訣の様だ。

　　　　　特に往年の競馬ファンからは父タケシバオー母父シンザンの血統を持つエターナルの一族が人気となっている。

　　　　　既に現代競馬では生きている化石の様な存在だが、その血統から輩出したＧⅠ馬のミストケープが居るので人気になるのも頷けるだろう。

　　　　　他には白毛馬のホワイトファントムが人気で、白毛という珍しさと白馬に惹かれた女性ファンが多い。

　　　　　そのためか、ある程度競馬に熟知しているのでカメラのフラッシュを焚くような愚考は一切みられず、餌を与える行為も行っていない。

　　　　　これが大手牧場になると大勢の観光客が押し寄せる事が多く、マナーがなっていない競馬ファンも詰め掛ける事も。

　　　　「ふう……うちもようやく知名度が上がったのかな？」
　　　　「それなりに認知してもらっているのは確かね。まぁ、大手に比べるとまだまだかしら」

　　　　　と、秋子と名雪は牧場作業を行いながら、観光客が牧場風景を写しているのを確認している。

　　　　　勿論、馬の撮影もしているようだが、上手く風景に溶けこませた撮影なのでプロの可能性が高い。

　　　　　そして、写真が取り終わったのか観光客は秋子達にお礼を言ってから別の牧場に向かって行ったようだ。

　　　　　ローカル競馬が開催されている最中で牧場関係者にとって、この時期は調教師と馬主が生産馬を購入しに来る時でもある。

　　　　　春に生まれた当歳馬の成長振りを確認し、或いは目に付けていた馬を購入する事も。

　　　　　だが、１番多いのは所属馬の秋に向けてのローテーションの話し合いが多く、特にＧⅠ制覇が懸かっている馬が陣営は丹念行う。

　　　　　ローテーションをミスって、本番で後悔をしない為に。

　　　　「アイシクルランスは七夕賞後も疲れなく過ごしていますので、もう１レースくらいは使えそうです」
　　　　「それだと新潟か札幌のどちらかを目指す事になりそうですね……秋の最大目標は有馬記念ですから８月に叩いて直接、天皇賞に進むのはどうですか？」
　　　　「元々、叩いて仕上がっていくタイプなので、それくらいの方が良いでしょうね。問題は使うレースの距離がやや短い事ですね」
　　　　「基本的に２０００ｍを超えた方が成績は良いですから。９月のオールカマーからが１番向くとは思うんですけどね」

　　　　　秋子と調教師は最も勝算が高いローテーションから、下半期最大目標である有馬記念に向かう案を話し合っている。

　　　　　２人の前にはしっかりと冷えたアイスコーヒーが薄いブルーのコップに注がれたまま置かれている。

　　　　　時々、口を付けながらも議論を進めているが様々な案が出る為、簡単に決定は出来ない状況。

　　　　　多くの案がある分難儀しているわけでは無いが、アイシクルランスの距離適正では使えるレースが限られており、幅が狭いことが悔やまれる。

　　　　「天皇賞を回避して、アルゼンチン共和国杯から有馬記念もありですね」
　　　　「それなら８月には一切出走しないで、オールカマーからアルゼンチン共和国杯と叩いて有馬記念が向かいやすそうです」

　　　　　他の案よりは最もアイシクルランスの距離適正に合った内容で、叩き台となるレースが２つ。

　　　　「……このローテーションの方がアイシクルランスは向いているでしょうね。では、これでお願いします」
　　　　「分かりました。今年こそはＧⅠ制覇を願いたいものです。っと、そろそろ次の牧場に行く予定なので今日の所はこれでお暇します」

　　　　　調教師はそういうと慌ててソファーに置いていた鞄を手にして、リビングから退出して行った。

　　　　　そこに残ったのは秋子と飲みかけのアイスコーヒーが残されたコップだけとなった。

　　　　「決定したようだな」
　　　　「ええ。厩舎に置いておいて、９月のオールカマーから１１月のアルゼンチン共和国杯の後に今期の目標である有馬記念に直接向かわせる予定です」
　　　　「そのローテーションなら、アイシクルランスに最も適したレースのみを使っていく事になるな」

　　　　　秋名は今後のローテーションについて満足そうに頷いており、無理に２０００ｍ戦を使わない事を評価している様だ。

　　　　「来年の事を考えると、これがわたしにとっては最後のＧⅠ制覇のチャンスになるでしょうし」
　　　　「そうだな。最後ぐらいは大物食いのＧⅠ制覇を見ておかないとな」

　　　　　２人はそんな事を会話しながら、牧場作業を行う為に厩舎に向かっていった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。