本年度の優駿牝馬は豪脚が炸裂し馬群を一刀両断しながら突破したメジロドーベルの元に栄冠が輝いた。
この勝利で阪神ジュべナイルフィリーズ以来の勝利となり、亡き厩務員に捧げる1勝を贈った事になる。
悲願の勝利となったが、この距離――2400mではライバルのキョウエイマーチの陣営からしてみれば距離延長に泣いた結果ともいえた。
なので、オークスに比べて距離が400m短縮される牝馬クラシック3冠目――秋華賞が決着の場に相応しい。
勿論、秋までに別路線組が台頭してくる可能性があるので、牝馬クラシック最終戦はメジロドーベルが王座を渡さない様にする為の正念場である。
今から5ヵ月後、どの陣営も最後の1冠を狙って完全に仕上げてくるのだから、迎え撃つ方も気が抜けないだろう。
Kanonファームの生産馬2頭――ルビーレイとタツマキマキマスカも秋華賞を目標として、最後の1冠を狙うのは必然。
「うう、今回は勝てると思っていましたのに」
宮藤は愛馬が2着になった事は喜んでいたが、桜花賞で僅差だったメジロドーベルに2馬身差で敗れたのはショックだったのだろう。
いつもの様に気が強く秋子に食って掛かる宮藤の姿ではなく、愛馬が敗戦した事が大きく引き摺っている。
それだけ宮藤が期待していたのが伺えるのだが、今回はメジロドーベル陣営の方が宮藤よりも執念が勝っていただけ。
「まだチャンスはあると思うので、諦めるのは早く無いですか?」
「分かっていますの……でも、今だけは自棄になりたいのですわ」
宮藤はそんな事を呟きながらグラスに注がれた酒を一気に煽り、秋子におかわりをねだる様にグラスを突き出す。
秋子は止める事をせず、並々とグラスに年代物のウイスキーを注いでしまうが自身の愛馬も4着に敗れているのだから、一緒に付き合って飲み始める。
「えっとルビーレイの成績は今回も含めて6戦3勝ですよね? まだ出走数は少ないですし、成長の余地はある筈ですよ」
「元からそのつもりで購入したのですわ。血統的に秋頃には本格化しそうなのも分かっていますの」
「……メジロドーベルにどこまで肉薄出来るかが心配なんですね」
「……そうですわ。あの馬だってまだまだ成長する余地を残しているのは見ていれば誰だって分かりますわ」
宮藤はそこまで語ると、再びグラスに口を付けてゆっくりとウイスキーを呑んでいく。
そして、暫くすると吐き出すべき事は全て吐き出したといわんばかりにすっきりとした表情になり、いつもの宮藤らしさが戻る。
「ふぅ……水瀬さんのお陰ですっきりしましたわ」
「わたしでよければ、いつでも話ぐらいは聞きますよ。とはいえ、宮藤さんはわたしのライバルですから毎日という訳にもいきませんけど」
秋子はさりげなく釘を指すが、宮藤は秋子からライバルと認められた事で喜色満面な表情になる。
だが、それも気を引き締める材料となったのか、宮藤はビシッと秋子に向かって胸を逸らしながら指を突きつけて宣言する。
「まだ、わたくしとしては水瀬さんの元に辿り着いているとは思っていませんの。だから、ルビーレイが重賞を制覇した時にこちらに振り向かせて見せますわ!!」
宮藤は啖呵を切ると、ソファーの傍に置いていたコートを掴んでから息巻いて帰っていった。
秋子は引き止める事も無く、自身のグラスに残っているウイスキーを飲みつつ
「あらあら、嫌われてしまいましたか」
と、わざとらしく1人ごちて、琥珀色に輝くウイスキーを飲み干してしまう。
見送るような真似はせず、次に出会うのは牝馬3冠最終戦の秋華賞までお預けなのだから。
しかし、タツマキマキマスカにとってはここからが正念場といえる状況に追い込まれている。
オークスに出走出来たのはフローラSで出走権利を得たからであって、この後は本賞金が足りない為1000万下に降格してしまう。
約5ヶ月でOPクラスまでに昇格し、秋華賞に出走しなければならないのでローテーションは厳しいものがある。
だが、宮藤との約束を反故する訳にもいかないので無理を承知で秋華賞を目標に。
とはいえ、走るのは人では無くタツマキマキマスカなので、確実に出走出来るという保障は一切無い。
「やれやれ、引く事も出来ない状況だから厳しいな」
「そうですね。とはいえ、宮藤さんがあそこまでやる気になれば十分でしょう」
秋名は秋子が飲んでいたウイスキーグラスを手に取り、そのまま口付けて煽っていく。
「で、秋華賞を目指すわけだが、行ける可能性はどれくらいあるんだ?」
「わたしは3分7分と見ていますね。まぁ、体調次第という条件があるので高めに設定しましたけど」
秋子の判断は厳しいと見ているようで、秋名はそれに否定する事無く同意する。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。