人の意思がいくつも交じり合ったように競馬場は多くの歓声とざわめきに包まれ、オークスの発走時間が近づくたびにその声が徐々に大きくなっていく。

     今年の優駿牝馬が誕生する直前なのだから、牝馬クラシック1冠目の桜花賞がまったく比較にならない程。

     それだけ牝馬クラシックの中では別格のレースで、牡馬クラシックの東京優駿――日本ダービーと同格に近いのだから。

     そんな観衆の中でレースを進める3歳牝馬には過酷な条件で、既に返し馬では入れ込む素振り――後ろ脚で立ち上がって騎手が慌てて宥めていた。

     10万人を超える観衆の歓声が未熟な3歳牝馬に襲い掛かってくるのだから、そのような状況になっても仕方が無い。

     特にGⅠ未出走でオークスが初めてのGⅠ出走となれば、この歓声は今ま味わった事がないのだから。

 

    「わたくしのルビーレイは大丈夫そうですわね」

 

     宮藤はホッと胸を撫で下ろしつつも、この雰囲気に何時飲み込まれるかが分からない為、視線はルビーレイを捉えずに彷徨っていた。

     それだけ宮藤のプレッシャーは計り知れないもので、これが2回目のGⅠ出走となると普段の様に余裕ある姿を見せられない様だ。

 

    「あらあら、少し表情が硬いですし、震えていますよ」
    「う、うるさいですわ。これは武者震いですの!!」

 

     宮藤は地にしっかりと足が着いていない状態で、秋子はその点をあっさりと看破してしまう。

     秋子はそんな宮藤の様子を眺めつつも、決して笑うような事をせず自身の愛馬――タツマキマキマスカの様子を眺める。

     ターフビジョンには思ったよりも落ち着いて、騎手に導かれてゲート前の待機所に向かっている姿が見受けられた。

     フローラS時に比べると、流石にGⅠの雰囲気に飲み込まれて見えるが3戦目の馬とは思えないほど落ち着いている。

     とはいえ、今回の人気は穴馬評価で18頭中7番人気に留まっている状況で前走で敗れていた事がこの評価に繋がったのが分かる。

 

    「ふふっ、水瀬さんのタツマキマキマスカよりもわたくしのルビーレイの方が人気ありますわね」

 

     その言葉が示す通り、ルビーレイは前走の桜花賞に続いて3番人気に支持されている。

     これが宮藤のプレッシャーを強くしている正体であり、自らの言葉で更に強くしてしまっている。

 

    「確かにルビーレイの方が人気ですね」
    「なので、タツマキマキマスカに負ける道理は一切ありませんの」

 

     余裕綽々な台詞を吐くが、一句一句に力強さを感じ取るのは不可能であった。

     そんなやり取りをしている間にレース発走時間が近づき、各馬主は愛馬を見守る為にターフビジョンで様子を伺う。

 

 

     そして、発走時間になり、スターターが赤旗を振るってそれに併せる様に東京競馬場特有のGⅠファンファーレの生演奏が。

     観客もファンファーレに合わせて、丸めた競馬新聞を片手に手拍子を行い、更なる熱気が競馬場を包み込む。

     各馬順調にゲート入りを果たして、最後に8枠18番のルビーレイがゲートに入る。

     そして、第58回オークスのスタートが今切られた。

     戦前の予想通り、逃げの手を奪ったのは桜花賞で逃げ切り勝ちを収めたキョウエイマーチ。

     それに続くのはタツマキマキマスカがキョウエイマーチから3馬身程離れた単独2番手からレースを進める。

     本質的には逃げ馬では無いが、先行から長く使える脚が武器なのでこの判断は間違っていない。

     特に中団で控えているメジロドーベルとルビーレイがお互いにマークし合っている格好で馬群に包まれているのだから。

     2コーナーを過ぎた辺りでキョウエイマーチの騎手はこれ以上離す必要が無いと感じたのか、少しペースを落とす。

     すると、やや縦長だった馬群が固まっていくがあまり大きな影響にはなり得ない。

     向こう正面に入り、残り距離が半分近くになった所で少しずつ各馬に動きが出てくる。

     だが、メジロドーベルとルビーレイが動かない所為か、他馬は動きにくい状況に巻き込まれてしまい、動いたのはごく一部だけ。

     キョウエイマーチはまだ余裕がある走りで先頭を明け渡していないが、距離適正は2400mを走り切る程では無いと思われる。

     そのためか、タツマキマキマスカが徐々に進出してキョウエイマーチを煽って後ろからプレッシャーを掛ける。

     これはタツマキマキマスカがスタミナに関して問題が無いと出来ない手段であり、低人気の気楽さも武器になっていた。

     そして、3コーナー付近の榎を過ぎた辺りで先程、後方で固まっていた各馬が動き始めて、レースの終盤を告げる。

     ここからが本番といわんばかりに各馬の動きが激しくなり、3コーナーと最終コーナーの中間付近から大外から一気にまくって来た馬が。

     その馬はルビーレイ。

     メジロドーベルは他馬を蹴散らすような勢いで内からスルスルと抜け出し、ルビーレイは前方に一切他馬が駆けていない外から交わしに掛かる。

     直線に入り、残り600m――約30秒辺りで今年の優駿牝馬が決定する。

     ここでキョウエイマーチが距離不安というとてつもない壁に当たり、ズルズルと後退していく。

     代わって先頭に立ったのはタツマキマキマスカだが、残り400m付近を耐え切れるスタミナを有しているかは分からない。

     その間にメジロドーベルは馬群を突破し、現在は5番手付近に留まっているがまだまだ余裕のある走りで他馬を交わしていく。

     ルビーレイは外に回した分が響いたのか、先程の様に行きっぷりが殺がれて、メジロドーベルから離されていく。

     残り200m。

     ここでタツマキマキマスカのスタミナに限界が来たのか、徐々にメジロドーベルに追いつかれてしまう。

     そして、メジロドーベルがタツマキマキマスカを交わした時点で後方からは何も来ない状況で、最終的に2馬身の差を付けて第58回オークスを優勝。

     タツマキマキマスカは最後に交わされて4着、ルビーレイは大外から脚を伸ばしたが2着が限界だった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。