――ルビーロウ、安楽死処分。
競馬新聞の片隅に短いコメントだけで掲載されており、主な勝ち鞍――白梅賞を勝利した事が触れられている位、簡潔に短く書かれている。
まるで、気にも留めない様な書かれ方だが、重賞勝ちも無い馬の扱いはこれが一般的なのだから。
ルビーロウはG�鞠呂任鰐気�、誰も気を留めない500万下を勝利した馬に過ぎないのが事実で既に覆す事は不可能。
僅かながら居るファンの記憶にルビーロウという馬が居た事を刻まれた事を願って冥福を祈り捧げた。
ここ、Kanonファームに宮藤が来訪しているが普段の様に高圧的ではなく、萎れた格好で、ルビーロウの死が堪えているのがハッキリと分かる。
秋子は宮藤の対面に座り、コーヒーを啜りながら話しかけてくるのをジッと待っている。
そして、数分経った頃だろうか、宮藤はようやく口を開き、心境を秋子に向かって語り始めた。
「……華やかな裏にはこういう事情がありますのね」
「ええ。しっかりと起こった事を宮藤さんがルビーロウの事を記憶して、悲劇を繰り返さないようにする必要がありますよ」
「わたくしはどんな事があっても絶対にルビーロウの事は忘れませんわ。初めて所持した馬で初勝利の味を教えてくれた馬なのですのよ」
「そうしてあげて下さい。でないと覚えている人が居なくなってしまいますから」
秋子の重みがある言葉に宮藤は小さく頷いてから、テーブルに置かれているコーヒーカップを手に取る。
ほんのりと甘い匂いが漂い、宮藤は両手で持ったコーヒーカップの中身――ゆらゆらと波紋を浮かべているコーヒーを見つめてしまう。
「……持ち馬が居なくなるのは、こんなに苦しい気持ちですのね」
「その気持ちを覚えておかないと馬主は勤まりませんけど、引き摺り過ぎては駄目ですよ」
秋子も既に競走中止で所有馬を予後不良で亡くしているから、宮藤の心境は共感しやすいがおくびにも出さない。
無理に理解している事を口にしても、意味が無いので宮藤が自分自身で立ち直るのを期待するしかなかった。
さて、今週の競馬は京都競馬場でクラシックレースに直通するといわれているきさらぎ賞が開催される。
競馬関係者からの位置づけとしては馬の実力を測るレースで、今後のローテーションも組みやすい重賞である。
1800mと言う非根幹距離だが、近代競馬はマイル路線も整備されているので、距離が長ければマイルにも向かいやすい。
また、ここを勝利した馬はクラシック路線の中心馬として見受けられる実力を有している事になるので、この後は弥生賞に向かう馬が多い。
Kanonファームの生産馬からは、満を持してルビーレイが重賞制覇を狙って出走する事に。
牝馬ながらの出走だが今年は珍しく他にも牝馬が出走しており、同じ様にクラシックを目標にしているのだろう。
その牝馬はグレースアドマイヤ。
半兄にフサイチコンコルドが居る血統で良血馬といえる存在だが、まだ未勝利を勝利したばかりなので、現在は4番人気に過ぎない。
因みにルビーレイは前走で牡馬を破った事が評価されて、2番人気に支持されているので、初重賞制覇は目の前にある。
競馬新聞を見る限り、ルビーレイはオークスへの期待が高い牝馬でここを勝利してクラシックに向かってほしいなど記載されている。
「頑張ってほしいですわね……わたくしの初重賞制覇の為に」
「そうあっさりと勝利出来るとは思えませんが、今日だけは応援しますよ」
すっかりと宮藤の様子は普段通りの高圧的な態度に戻っており、秋子もそれに合わせる普段のやり取りで会話する。
宮藤は馬主として、秋子は生産者として京都競馬場で観戦しているので、それだけ重賞制覇に期待しているのが分かる。
そして、レース発走時間に。
各馬が順調にゲートに入って、最後に8枠12番の馬がゲートに収まり、スタートを切られる。
綺麗なスタートだが、どの馬も思い切って先手を奪う事無く、集団が出来上がり、スローペースでレースが進んでいく。
集団化しているため、中には騎手と喧嘩して入れ込んだ馬が居るくらい落ち着いたペース。
ルビーレイは7枠11番からのスタートだったので、馬群に包まれる事が無く外から悠々と進める。
中団――8番手付近とはいえ、外と内では距離ロスがあるので出来れば内に近づきたい所だが、がっちりと固まった集団の間を突くのは難しい。
ルビーレイが中距離からクラシックディスタンス向きとはいえ、牡馬相手にスタミナ勝負で勝てる可能性は低いのだから。
なので、あくまでもスタミナをロスしないように内に近づきたいのが騎手の本音だろう。
残り800m。
このまま内に近づくのは無理と判断したのか、ルビーレイの騎手は外に持ち出したままゆっくりと進出。
最初に仕掛けたのがルビーレイだったためか、観客席からはざわめき、叫び声が混じったものが聞こえてくる。
スローペースの為、ここらで仕掛けないと届かない可能性があったので騎手の判断は間違っていないが、ルビーレイのスタミナは最後まで持つかが分かれ目。
ルビーレイが仕掛けた事でレース展開がガラリと変化し、小波だったのが全てを飲み込む津波の様にめまぐるしく変動。
残り300m。
1番人気に支持されたテイエムトップダンが3番手に上がり、重賞2着の実績馬らしく、前を走る馬を追い詰めようと牙を剥く。
だが、それを上回る脚でルビーレイがあっさりと2番手に上がって、先頭を走るヒコーキグモも一閃。
こうして、ルビーレイは牝馬ながらきさらぎ賞を制して、無事にクラシック路線に駒を進める事になった。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:グレースアドマイヤ……父はトニービン。
注2:テイエムトップダン……ラジオNIKKEI杯2歳Sで2着になっている。
注3:ヒコーキグモ……父キーンからの連想だろう。