正月の変則開催が無事に終わり、翌週からは通常開催に戻る。
この3日間で落馬や進路妨害などの判定が一切無かったので本年度に向けて、良い舵を切れたと言えるだろう。
だが、いつしか競争中止や降着などが起こるので、競馬協会としては万全に期しておきたい所に違いない。
1年に通して、こうした事故は確実に防げる訳ではなく、人の意思が介入出来ないサラブレッドが主役である限り、故障を止めるのは難しいのだから。
「今年も1年間無事にレースを使えると良いですね」
「うちは故障率が低いとはいえ、いつどこで発症するか分からないからな。ある程度の対策はしておきたい所だな」
「と言っても、わたし達は日々の中で小さな変化を見つける位しか出来ないけどね」
名雪が言う通り実際に牧場内で出来る事は日々の変化を観察し、変化があれば短期間の内に発見する位しかやる事は無い。
牧場でも馬が怪我する可能性があり、放牧中などは細心の注意が必要な事がある。
馬体を柵に擦ってしまい出血する事や蹄鉄の釘が外れて、それを踏みつけ蹄が挫石する可能性も。
トレーニングセンターに預けている馬の報告が逐一届くだけで、向こうの状態管理は調教師しか出来ないのだから。
「まぁ、怪我無く過ごしてくれれば良いがな」
秋名はそうした願望を3人に伝える様に口にして、この会話を締め括る。
秋子と名雪も大きく頷いており、この事が如何に重要な事項かを印象付けている。
さて、今週の競馬はピクシーダンスが500万下に出走。
2ヶ月振りのレースになるとは言え調教はしっかりとこなしており、2歳時よりも馬体に筋肉が付き始めてきた状態。
そして、デビュー時に勝利した様に逃げなくても2番手以降でレースを進められる様に調教されていた。
実力はある筈なので、何時までも逃げの一手を武器に使用したままでは勝てないと判断されて抑える調教を毎回行う。
1ヶ月前にはようやく2番手で走っても入れ込む事が無くなり、後は抜く事を学習させるだけだった。
元から闘争心はあるタイプだったので、抜かれる事を嫌うピクシーダンスはあっさりと抜く事を学習してしまう。
そして、今回のレースが抑える事を学んでからの初実践であり、どこまでやれるかを確認する時が来た訳である。
「さて、どこまでやれるのかな?」
「近2走がだらしなかったが、今回はちょっと期待しても大丈夫そうだな」
2人は白梅賞――京都500万下特別のパドックを見ながら、思いのままの言葉を口にしている。
芝1600mと距離に不安は無いが、やはり近2走の結果が思わしく無かったので、今回はどうなるか分からない。
抑える競馬を教えていたとは言え、復帰1戦目から学んだ事を発揮出来るとは限らないのが競馬で多くの馬が初戦で敗れている。
「まぁ、今回はどれだけ学んだかを確認する位で良いと思いますよ」
「そうだな。1戦目からしっかりと実力を発揮する可能性は低いからな」
「わたしの本音は1戦目で勝ち上がって欲しいけどね……難しいだろうね」
そんな事を口にしているとレース開始時間が近づき、各馬がリードを誘導員に牽かれてゲート前で輪乗りしている。
ピクシーダンスは黒いヘルメットを被った騎手を乗せて、2と大きく書かれたゼッケンを身に着けて闊歩中。
他の馬に劣る事無い馬体だが、まだまだ成長途上の馬体だとハッキリ伺える造り。
そして、レース開始時になったのでスターターが赤旗を振り、それに合わせて録音されたファンファーレ音が京都競馬場に響く。
各馬がゲート内に入っていき、最後に8枠12番の馬が入り、スタートが切られた。
ピクシーダンスは絶好のスタートを切ったが、最内からスタートをした馬が競り掛けて来たので、素直に2番手に下げる。
大きなどよめきが響き、競り掛けて展開が早くなると踏んでいた騎手は予定していたレース展開と変化してしまったので、後方ではもたつく馬も。
「うん、意外と綺麗に走っているね」
「スタート直後だからかもしれないし、道中はキチンとチェックしておかないと」
今のところは行く気が無いようだが、突然暴走する可能性も秘めているので、逐一チェックする必要が。
幸い、TVに映るレースは全体図を示す画面と拡大されて見やすくなった映像の2種類が映っている。
上に表示されている全体図は後方に居る馬が入れ込んできた様で、徐々に騎手が手綱を引っ張っている。
そして、直線に入るとピクシーダンスは先頭を走っている馬を追いかけようとしたが、まだ2番手での競馬に慣れていないからか、思ったよりも伸びない。
後ろから上がってきた馬に抜かれてしまうが、ピクシーダンスの脚色は決して鈍っていないので、その馬の切れ味が上だっただけの事。
結果、ピクシーダンスは4着と抑える競馬を学んだ後にしては十分なものだった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特に無し。