短い様で長かった夏休みが終わる為、北川と斉藤はKanonファームに来た当初とは見違えるほど日焼けで黒くなった格好で肩にバッグを担いでいる。
最後の仕事――厩舎掃除である牧場作業もすっかりと慣れきった動きで、素早く終了させていた。
それだけ手馴れたもので辞めさせるのが勿体無いほどであったが、既に夏休みが終わる前なのだから仕方ない。
それだけ牧場作業に水が合っていた人物――北川を手放すのは秋子としては勿体無いと考えて冬休みのバイトを誘ったが、曖昧な答えが返ってきたのみ。
無理に誘って競馬に嫌悪感を抱かれても困るので、函館競馬場で誘った以来、秋子は一度もこの事を口にしていなかった。
「3週間お世話になりました」
「いえいえ、こちらも非常に助かりましたよ」
北川と斉藤が異口同音で秋子にお礼を言うと、秋子は柔らかい表情を浮かべ北川と斉藤に対してお礼を口にする。
初心者とは言え2人の存在はそれだけ従業員の少ないKanonファームでは思い掛けない働き具合だったのだから。
秋子はジーンズのポケットに仕舞っていた2人の給料が入った茶封筒を取り出して、名前が書かれている封筒をそれぞれ手渡す。
「思ったより働き振りが良かったので、色を付けておきました」
「ありがとうございます」
2人が受け取った封筒にはバイト料が記入されており、名雪が教えていた金額――12万よりも2万多く書かれている。
北川と斉藤も同じ金額――14万円に増加しており、2人はしっかりと頭を下げて再びお礼を言う。
「では、本当に3週間お世話になりました」
「時々、遊びに来てくださいね。その時は歓迎しますので」
秋子はそう言って歓迎の意がある事を示し、北川と斉藤は時々伺う事を約束して秋子に見送られながら、閑散とした道路を歩いていく。
Kanonファームでは一時的とは言え、2人の従業員が増えた事で作業効率がアップしていたのだが、元の木阿弥――一人辺りの負担が再び増加。
元通りに戻っただけだが、その負担が非常に厳しくなってしまったので、秋子と秋名も再び牧場作業を行うように。
「うーん、仕事の増加量に辟易しちゃいそうだなぁー」
そんな事を口にしながら、名雪はテキパキといつもの様に仕事をこなしつつ汗を拭って吐息を艶かしく、ゆっくりと吐き出す。
北海道の短い夏が終わる時期になったとは言え、まだまだ陽射しはサンサンと照らしている。
そのため、名雪が着ているTシャツは汗を吸い込んで、くっきりと下着が見えてしまっている。
だが、本人は気にした様子も見せずに黙々と牧場作業を行っており、牧場の成績とは関係無いのだから。
さて、Kanonファームは夏の間は3戦3勝とパーフェクトの成績を残し、重賞勝ちは無かったがOP特別を勝利。
そのOP特別はみなみ北海道Sを勝利したアイシクルランスは一躍にして、夏の上がり馬と競馬新聞と雑誌に取り上げられる存在に。
今後のローテーションは2週間の短期放牧で減った馬体重を戻し、菊花賞トライアル――神戸新聞杯から始動を予定している。
神戸新聞杯ではクラシック路線を戦い抜いてきた馬とぶつかるので、アイシクルランスには試金石とも言えるだろう。
主にダービー2着のダンスインザダークや皐月賞2着のロイヤルタッチに皐月賞馬のイシノサンデーが出走を表明しているのだから。
これだけのメンバーがトライアルレースで一同するので、アイシクルランスはあくまでも唯の夏の上がり馬に過ぎない。
「さて、2週間の短期放牧で出来るだけ馬体重を戻さないとね」
「大幅に戻る事は期待し難いが、帰厩後に調教を耐えられる位には増やさないとな」
「2週間ですからね……とは言え、暑さで落ちた調子も戻す事が大事ですし、しっかりと軽く運動させて休ませれば問題ないでしょう」
アイシクルランスは比較的に涼しい函館で調整されていたが、それでも暑さの前では徐々に体調を落としてしまうのだから。
一目で疲労が溜まっていると判る位、アイシクルランスの馬体は線が細くなり動きもみなみ北海道S時よりも明らかに鈍い。
早急に体調を戻す必要もあるが焦っても結果は生み出さないので、じっくりと仕上げる方針で決定している。
「じゃあ、長い時間を調教コースで走らせるのがわたしの役目だね」
「ええ、お願いね」
「今日は戻ってきた当初だから、明日の午後から軽めの調教を長時間行うよ」
「それで良いぞ。早い時計を出す必要は無いからな」
了解ー、と名雪は間延びした声で述べてから、他の馬を調教する為に着替えてから調教コースに向かって行った。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。