ジュエルバレーは2戦目で見事に初勝利を挙げて、オマケとして父であるウインドバレーに産駒中央初勝利をプレゼント。

     数少ない産駒――45頭の中から新馬勝ちではないが、2着馬に2馬身の差を付けて楽勝したのは嬉しい誤算。

     2着にもウインドバレー産駒が入着しているので、このレース結果で間違い無く評価はうなぎ登りした。

     産駒数が少ない種牡馬は時々産駒に何かを伝えるのか、低評価にも関わらず新馬戦で圧勝して父の地位を底上げする事が度々ある。

     そして、翌年の種付け数が増加して種牡馬廃業――用途不明になる事から救いの手を差し伸べてくれる。

     後はちょくちょく結果を出してくれれば、ウインドバレーがダート種牡馬としての地位を得るのは間違い無いのだから。

     秋子と秋名はリビングの出窓の傍に立ち、牧場風景と近くの山並みを眺めながら、ジュエルバレーの勝利を喜んで顔を綻ばせている。

 

    「思ったより早い1勝目でしたね」
    「ウインドバレー自体は7月デビューで勝利しているから、可能性としてはあり得ただろう?」
    「そうですけど、競走馬登録された数が少なかったので、こんなに早く1勝を挙げるとは思いませんでしたから」
    「確かにその事を考えると、ジュエルバレーの勝利は早いと言えるな」

 

     秋子と秋名はジュエルバレーが結果を出した事でウインドバレーの首の皮が1枚で繋がった事に安堵を撫で下ろしている。

     秋子にとって、ウインドバレーは自分の目で見て交渉して購入した牝馬――フラワーロックの初年度産駒で、種牡馬としても成功すれば喜ばしい事。

     何よりもウインドバレーは初重賞制覇と初GⅠ制覇を成し遂げて、Kanonファームを軌道に乗せてくれた馬なのだから。

 

 

     さて、今週一杯で契約通り、北川と斉藤のKanonファームでのアルバイト生活は終了となる。

     特に北川は斉藤と比べ物にならない程働き振りが非常に良く、水が合っていたのかすっかりと腕を上達させていた。

 

    「思ったより上達が早くて助かりましたよ」
    「いえ、こちらも楽しめたので、雇ってもらって良かったですよ」

 

     北川は秋子の対面に座りながら恐縮した格好になってしまっているが、その表情は真っ直ぐと秋子を見据えている。

     その強い意思が宿った北川の表情を見て秋子は満足そうに頷き、何かを閃いたのか口を再び開く。

 

    「北川さんが良ければ、冬もうちでアルバイトしませんか?」
    「えっと、流石にそこまでしてもらうのはちょっと……」
    「……そうですか。結構、素質があると思うんですけどね」

 

     秋子は無理に誘う様な事をせず北川の意思を尊重してか、それ以上無理に誘う事はしなかった。

     その後は、秋子は北川を誘うような事をせずに、北川からの競馬に関する質問を出来るだけ答えりして時間が過ぎ去っていく。

     現在、秋子と北川が居る場所は閑散としているKanonファームではなく、大勢の観客が集まっている函館競馬場である。

     その理由は名雪が出した提案通りアイシクルランスがみなみ北海道Sに出走するので、北川と斉藤を競馬場に連れて来た。

     名雪も一緒に来ているのだが、現在は斉藤に頼まれて競馬場の案内をしている最中。

     そのため、この場には秋子と北川だけなので、秋子は知り合いの馬主や調教師にからかわれているが、秋子は殆ど気にした様子も無く受け流している。

 

    「あら、珍しいですわね。水瀬さんが競馬場にいらっしゃるなんて」

 

     秋子の横に立ちながら、珍しい物を見つけたと言う感じで話しかけてきた女性――宮藤 綾乃は相変わらず秋子をライバル視している。

     秋子は歯牙を掛ける事も無く、余裕を持って対応する。

 

    「今日は宮藤さんの“所有馬”に出走馬いましたっけ?」
    「い、居ますわよ。八雲特別に出走していますわ!!」

 

     秋子は9Rに開催されるみなみ北海道Sの後――11Rの八雲特別出走馬一覧を確認すると、確かに宮藤の“所有馬”であるルビーロウの馬名が。

     ただ、人気は丁度、真ん中辺りで目立つ存在でもない。

     そんな会話をしていると、アイシクルランスが出走するみなみ北海道Sのレース開始時間となり、各馬がゲートに入っていく。

     アイシクルランスは圧倒的1番人気に支持されており、近2走の結果が楽勝だったので、ここも確勝だと思われているようだ。

     この距離で活躍してきた歴戦の古馬を抑えて、1番人気に支持されている状況はプレッシャーを感じるだろう。

     その間に案内していた名雪と斉藤が馬主席に戻ってきて、タイミング良くスタートが切られる。

     2600mと言う長馬場の中でアイシクルランスは中団に位置付けて、前に居る馬を壁にして駆けている。

     入れ込んでいる訳でもなく、しっかりと折り合って先頭集団を見据えて騎手の指示に従いつつ、いつでも仕掛けられる様にしているようだ。

     観客席の前を駆けていると各馬が多くの歓声や罵声を浴びさせられて、入れ込む馬も出てきたが、アイシクルランスは折り合った状況。

     やや縦長の状態になってペースは落ち着いたが、先頭を走っている逃げ馬はまだ余裕があるのか、ジワリと差を広げていく。

     余裕が逃げ馬と捕らえる役目は基本的に1番人気の馬――アイシクルランスなので、徐々に進出して場内を沸かせる。

     残り600mの時点でアイシクルランスは8番手から5番手付近まで上がり、外に持ち出して早めに仕掛ける。

     アイシクルランスが仕掛けた為、ペースは急激に上がり後方に居た馬は置いて行かれない様に付いて行くのが精一杯。

     最終コーナーを回り各馬が仕掛け始めるが、アイシクルランスの勢いは削がれる事無くグングンと伸びていく。

     そして、先頭に立っても勢いは継続して菊花賞に向けたレースとして、スタミナの高さを見せ付けた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。