1週間も経つと徐々に北川と斉藤は牧場作業に慣れてきたのか、名雪が指示を出す前に行う箇所をテキパキと片付ける。
しかし、本州に比べると北海道の夏の暑さは比較的に涼しい方だが、日差しに長時間当たっている為、すっかりと日焼けが目立つ色に。
褐色に焼けた肌はそれだけ夏の牧場作業が過酷である事を示し、額から流れ落ちる汗を拭いながら、今日も2人は厩舎掃除を励む。
2人は農業用フォークを上手く使いこなし、天日の下で干している寝藁をひっくり反して終えると、再び馬房内の掃除を行い始める。
寝藁は1日に2〜3回ひっくり反す必要があるので、作業の合間に何度も反して乾燥させる。
「後、1回位ひっくり反して馬房に戻せば良いな」
「そうだな。それにしても最初は随分と馬の尿が染み込んだ牧草の匂いが強烈だったが、今はすっかりと慣れてしまったな」
北川の言葉に斉藤は複雑そうな表情を浮かべつつ苦笑いを漏らしてしまうが、北川も同じ気持ちのようで心底から複雑な表情を浮かべる。
それ位、馬の尿は刺激臭が強く大量に尿を出す為、1日で馬房の中は凄い匂いが充満してしまうので毎日寝藁を干す必要があるのだから。
「それだけ俺達が染まっている事だろう」
「……そうだな。この仕事が合っているかはどうか置いておいて、染まっているのは確かだな」
北川は軽く肩を竦めるが、その表情は自身が楽しんで牧場作業を行っている事を気付いていない。
斉藤も徐々に牧場作業を楽しんで行っているのだが北川程では無く、まだ北川の領域には届いていないので、秋子達の評価は北川よりも下の状況。
とは言え、北川ほどの驚異的な早さで牧場に馴染んで作業を楽しんで行うのは難しい事なので、斉藤の反応が一般的なのだから。
さて、今週の競馬には新馬戦で5着に敗れたジュエルバレーが未勝利戦に出走する。
距離と馬場は前走と同じく新潟ダート1200mで、前走から中2週になっている為、体調は維持している状態と伝わっている。
ただ、出走メンバーは前走と変わらないので、メンバー的な盛り上がりは少ない。
そのため、各馬の人気は前走の結果をそのまま人気になったような物で、入れ込みながら最後に脚を伸ばしたジュエルバレーは4番人気。
競馬新聞の馬柱には▲○○△▲とまずまずな印が推されている状況で、短評の部分は“前走の入れ込みは割り引き”と書かれている。
それだけ前走のレースは人気通りに決着しなかったので荒れた結果が、今回の人気に結びついてしまった。
「まぁ、前走は敗れているしこれ位が丁度良いかな」
「前走のレースは子供っぽい部分が出てしまったのが原因の1つだし、これ位の人気が妥当ね」
「一応、新馬戦では強いレースは見せ付けたけど、入れ込んだ分もあるから差し引きプラスマイナスだろうな」
3人はそう言いながら、TVのチャンネルを競馬専用番組に合わせて未勝利戦のパドックを見始める。
ジュエルバレーの馬体重は余裕残しだった前走よりもキッチリと絞れて、−6kgで出走。
入れ込んだ様子も無く、しっかりと前を見据えてパドックを闊歩している様子は2歳馬離れをしている。
他の馬は入れ込んでいるのが居るにも関わらず、ジュエルバレーの落ち着き振りは頼もしく映りえる。
「思った以上に落ち着いていますね」
「前走の後だから、入れ込む可能性もあったけどこれなら大丈夫そうだね」
「レースになるとまだ分からんが、これだけ堂々としていれば安心して見ていられるな」
そして、パドックは終わり各馬に跨った騎手が地下道から本馬場入場を順次に果たしていく。
ジュエルバレーは3枠3番の黒い帽子に秋子の所有馬である事を示す、紫と白の縦縞模様の勝負服を着込んだ騎手を背にダートを駆ける。
レース開始時間になり、各馬順調にゲート入りを果たす。
最後に大外枠の8枠12番が入り、スタートが切られる。
どの馬も大きく出遅れる事無く順調なスタートを切って、苛烈な位置争いを演じながら、レースが進んでいく。
ジュエルバレーは良い具合に5番手付近からレースを進めている状況で、馬群が縦列になっているのが幸いして、他馬に囲まれる心配が無い。
ハイペースの最中、中には遅れてしまった馬が後方で足掻いているが、ジュエルバレーは入れ込むことも無く5番手で折り合っている。
そして、直線に入る。
ジュエルバレーは内からスルスルと抜け出して、先頭を走っている逃げ馬が蹴り上げる泥を被りながら、グッと力強い脚であっさりと抜け出す。
その勢いはこの未勝利戦に出走している馬では止める事が不可能で、あっと言う間に2馬身の差を付けてジュエルバレーが勝利した。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。