ピクシーダンスはまんまと逃げ切り勝ちを収めた事で、94年度Kanonファーム生産馬の中で第一号の勝ち馬になった。
とは言え、淡々と他馬が絡む事無く余裕の逃げ切り勝ちなので、今の所は非常に評価し難い部分が。
次走からは同じ様に逃げられる可能性は低くなり、今回は“運良く”逃げられたと言う条件があるだろう。
なので、次走がピクシーダンスの正念場であり、どのような走りをするか再びチェックをする事になった。
「1番人気の馬は馬群に包まれたまま伸びてこなかったし、どっちかと言うとレベルが低いレースかな」
「タイムも平凡だからな……ラスト3ハロンが35.9か」
「追いかけた馬が居ませんからね。タイムが遅いのは仕方ないでしょう」
3人がそう言い切ったので、評価は次走に持ち越しとなり、首を傾げえざらない2人――北川と斉藤は不思議そうな表情になってしまった。
生産馬が勝利すると喜ばしい事になると2人は思っていた様だが、秋子達があっさりとした評価を与えた事を怪訝そうに眺める。
ピクシーダンスのレース観戦が終わると一時的な休憩も終わり、再び牧場作業を行う為に、それぞれ厩舎と放牧地に向かう。
これからは名雪が功労馬――タイフーンに騎乗して放牧中の馬を追い運動する為に、長く艶のある髪が邪魔にならない様に一纏めにしている。
Tシャツの上には落馬時のダメージを軽減するプロテクターを身に付けて、手には騎乗用のヘルメットと鞭が。
先程行っていた議論時の名雪も凛々しかったが、騎乗フォームを着込んでいる名雪も様になっている。
そのため、名雪の凛々しさを目撃した2人は、ジッと名雪の全身を頭からつま先まで見回してしまう。
そんな2人の様子に首を傾げながら、騎乗馬に乗る為に名雪はスタスタと厩舎に向かって歩くと、慌てて2人も走って名雪の元に向かう。
北川と斉藤は名雪の後を付いて行きながら、先程の事を聞き出すために口を開く。
「勝利したのに何で喜ばないんだ?」
「あれだと能力を評価し難いレースだったからね。悠々と逃げて後ろから追い掛けられていない状況だったし、本領発揮していない可能性があるんだよ」
ハイペースで逃げた訳じゃなくてタイムも平凡だった事も付け加えて、名雪は2人に向かって返答する。
勝利した事は嬉しいに違いないが、牧場にとっては1戦1戦の結果よりも先を見据えたレース振りの方が好意的なのだから。
「壮大に喜ぶのは重賞を勝利した時が多いけど、今日は新馬勝ちだから今後が慎重になったと思って良いよ」
「新馬戦を勝利した馬が連勝すれば安堵は出来るのか?」
「うーん……うちの場合は新馬の後は少し期間を置く事が多いから、未勝利と500万を連勝しても、次のOP戦の結果次第だね」
と、名雪は北川の質問に対して、曖昧に頷きつつ端麗な眉を少し顰めながら牧場の事を含めて心情を教えておく。
特に隠すような事でも無く、まだ競馬ファンになってから1年近くの2人は競馬の裏事情も知っている訳でもない。
なので、多くの事を教えてもKanonファームにはデメリットが殆ど発生しない訳で、メリットは今後も牧場作業の為に雇える可能性が高くなった所が。
「どう? 競馬を支えている牧場で働いてみて」
「脅された気がするけど、それは横に置いておいて……結構過酷だな」
「オレも過酷なのは斉藤と変わらない意見だけど、慣れれば面白いとは思う」
徐々に北川は嵌ってきたのか、その言葉に斉藤は情けない表情で口を開けて固まってしまい、名雪は名雪で苦笑いを浮かべてしまう。
名雪からしてみれば、こんなに早くから面白いと口にするとは思わなかったのだから、苦笑いを浮かべてしまうのは必然。
北川は2人の反応を意外そうに見て納得していない様だ。
そんな会話をしつつ、名雪は功労馬厩舎に到着すると2人を入り口で待たせて、自身はタイフーンの馬房へ。
既にタイフーンは馬装が準備万端で整っており、従業員が鞍と手綱をしっかりとセットした状態でジッと装鞍所で待機していた。
「準備は出来ていますよ」
「ありがと。放牧中の馬は既に調教コースに入れているよね?」
「その点もばっちりです」
名雪は再びお礼を言ってから、騎乗したタイフーンの横腹を踵で蹴って調教コースに向かって歩かせる。
厩舎の入り口では北川と斉藤がタイフーンに跨っている名雪を見上げつつ、感嘆している。
「学校で見る水瀬よりも馬に跨っている方が格好良く見えるな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
名雪は手綱から片手を離しつつ、ひらひらと北川に向かって手を振りながらタイフーンを調教コースに向かわせた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。