駆ける馬　３４６話

　　　　　牧場の朝は非常に早く日が昇りきらない内に作業を行う為、天気が良い日には朝焼けと共に牧場作業が始まる。

　　　　　幻想的に空は濃いピンク色からオレンジ色に移り変わり、山に隠れていた太陽が少しずつ姿を現してきた。

　　　　　様々な形をして輪郭がはっきりとした幾多の雲が浮かび、夏らしさを感じさせる雰囲気を醸し出す。

　　　　　朝方はまだ涼しいとは言え、牧場作業を行っている内に額から大量の汗が流れ、衣類には汗が染み込んでしまっている。

　　　　「飼い葉桶に馬名が書かれているから、馬房内にあるチェーンに吊るして」

　　　　　馬によって配合が違う飼い葉が入った桶を台車の上に置いて、名雪は北川と斉藤に命令する。

　　　　　その間に名雪は夜飼いを残した馬のチェックボードに文字を記入し、朝飼いの量を記入していく。

　　　　　チェックボードに記入し終わると、名雪はボードを片手に飼い葉を食べる独特の咀嚼音が響く厩舎内を歩き馬房の横にボードを掛ける。

　　　　　一定の時間が経つと、ある程度の朝飼いを食べ終わった馬が出てきたので名雪と従業員の２人は馬房内に入って、ブラシを持って手入れを行う。

　　　　　これはボディーチェックも兼ねているので、馬を磨き清潔を保つだけではなく、馬体の異常が無いかチェックする必要もある。

　　　　　なので、北川と斉藤には任せられない作業の為、２人には飼い葉桶を洗わせて放牧地の水桶に水を入れる作業を行わせている。

　　　　　それぞれの距離が離れており、水汲みをするだけでも非常に体力を使い、夏の日差しがサンサンと照らす為、早くも汗だくになってしまう。

　　　　「こりゃあ、暑いな」
　　　　「良く水瀬は体力が持つよ」
　　　　「俺達とは基礎体力が違うし長年の糧があるから、比べる事態が間違っている気がする」

　　　　　斉藤はそう言って締め括り、北川もそれ以上同じ事を口にする事無く、仕事に取り掛かる。

　　　　　そして、馬体チェックが終わったのか、放牧地に隣接している繁殖牝馬の厩舎から８頭の牝馬が順次に出てきた。

　　　　　１頭の繁殖牝馬が他の馬を従わせる格好で先頭に立っている為、その馬がボスとして君臨しているのが伺える。

　　　　「これで放牧は終わったから、次は馬房清掃と寝藁上げの２つを一緒にやって、その後は朝食タイムだから」
　　　　「結構、時間掛かるな」
　　　　「その後は、美味しい朝食が食べられるんだから我慢してね」

　　　　　秋子が作る料理の味が病みつきになってしまったようで、２人は口の中に涎が溢れたのか、生唾を飲み込んでしまう。

　　　　　名雪はそんな２人の様子をクスッと笑い、厩舎掃除の為に北川と斉藤の背中をグイグイと押して向かって行った。

　　　　　本日の競馬はピクシーダンスが新潟芝１６００の新馬戦に出走する。

　　　　　父がサッカーボーイにそれなりに早い時期から活躍したエレメントアローを母を持つので、人気は１２頭中３番人気に支持されている。

　　　　　共にマイルから中距離付近で結果を出しているので、仔であるピクシーダンスの人気がここまであるのは納得出来る事項。

　　　　「やはり、マイル路線では走ると思われているようね」
　　　　「サッカーボーイの産駒は総じて中距離から長距離向きだが、ピクシーダンスは母父がスティールハートだから胴が短く出ているな」

　　　　　休憩を挟みつつ生産馬が出走する為、全員がリビングに集まって競馬観戦が始まる。

　　　　　競馬新聞の評価によると調教タイムが良く、ラスト１ハロンのタイムが１２.１秒とすっぱり切れたと書かれている。

　　　　　ただ、血統的には母が日本在来の血を多く引いているので、何処までマイル路線でやれるかが集点として細かく記入されていた。

　　　　「評価はまずまずだし、何処までやれるかな？」
　　　　「掲示板に載れば十分じゃないかしら。マイル向きだとは思うけど、これだけ早くから走るかが不明ね」
　　　　「３歳の春頃に完成する気もするが、まずは走ってみないと分からないだろう」

　　　　　と、３人――秋子と秋名、名雪が意見を言い合っている所を北川と斉藤は口を開けて情けなく眺めているのみ。

　　　　　従業員が２人をフォローするのだが、いつもの事なので従業員もすっかりと馴染んでいるのだから、説得力は無いに等しい。

　　　　「掲示板に載れば十分なんですか？」
　　　　「新馬戦は結果よりも走り具合をチェックする方が大事だから、勝ち上がる事は２戦目以降で十分なんだ」

　　　　　従業員が北川の質問に対して、丁寧に答えている間にレース開始時間となる。

　　　　　ピクシーダンスは７枠１０番からのスタートとなり、ゲートはスムーズに入った。

　　　　　最後に８枠１２番の馬が入るとゲートが開き、各馬が一斉に飛び出す。

　　　　　大きく出遅れた馬は居ないが、スタート直後の位置取り争いが慌ただしい動きで固まっていく。

　　　　　ピクシーダンスは大外枠から好スタートを切ったため下げる訳にもいかず、スッと逃げの体勢でレースを進める。

　　　　　入れ込んでいる訳でもなく、淡々とレースを引っ張っている状況で後ろには１１頭の馬が固まった状態で、中には騎手と喧嘩している馬も。

　　　　　そんな中でピクシーダンスは悠々と一人旅を演じているが、騎手と喧嘩している訳でも無いので、トコトン行ける所まで行くつもりだろう。

　　　　　さすがに単騎でずっと走っていられる程、甘くないので徐々に後ろから追いかけてくる馬が出てくる。

　　　　　そして、ピクシーダンスは先頭のまま直線に。

　　　　　脚をしっかりと伸ばして、ピクシーダンスは単騎逃げで溜めていたスタミナを一気に消費するのではなく、少しずつ差を広げていく。

　　　　　そのため、２番手以降の馬は一気に差を詰めて来たが、ピクシーダンスは余裕がある走りで２着馬に１馬身の差を付けて勝利した。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。