1日の従業が全て終了――夕飼を与える仕事が終わると、北川と斉藤は慣れない作業を行っていたので疲労がはっきりと顔に浮かんでいる。

    それくらい非常に濃い作業を4時間だけとはいえ、こなした量は体力を全て消耗してしまう位、過密したものなのだから。

    既にヘロヘロな状態でKanonファームの敷地内にある従業員の寮――宛がわれた部屋で北川と斉藤は思いっきりダウンした状態でベッドの上で横になっている。

    部屋の中は電気が点っておらず夕日が室内をオレンジ色に照らして、外から蝉の鳴き声が聞こえてくる。

    着替える余裕も無く、まるで死んだ様な格好でうつ伏せになっているので、下手すると死体に見えるかもしれない。

 

   「生きているか? 斉藤」
   「……何とか生きている」

 

    2人の部屋は同室なので非常に狭くベッドが2つ置かれており、他には折り畳みのテーブルがあるだけで、シンプルな部屋と言えるだろう。

    そして、部屋の隅には北川と斉藤が持ってきたボストンバッグが寂しげに置かれている。

    本来なら、着替え以外――遊ぶ物が入っていたと思われるが、こんな過密な作業を行う事は知らなかったので、無用の長物化しているだろう。

 

   「……これだと遊ぶ暇が無いな」
   「見くびり過ぎていた代償と思うしかないな……で、明日は朝3時半に起床だったよな」
   「水瀬がそう言っていたからなぁ……最後まで生き延びられるか心配になってきた」
   「3週間で給料が12万近く得られるから、我慢するしか無いな……ふぁ」

 

    最後まで働けば12万近くを得られる事を糧として、斉藤の言葉は妙に力強さを感じるものだが、うつ伏せ状態では迫力が無かった。

    そして、夕食の時間まで暫しの時間があるので、2人は寝息を立てて深い眠りに付いてしまった。

 

 

    数時間ほど仮眠していると軽くノック音が響き、それに合わせて北川はベッドから降りて目を擦りながら、ドアの元に向かう。

 

   「そろそろ夜飯の時間だから、食いに行くぞ」
   「……えっと、ここで食べるんじゃないんですか?」
   「いや、Kanonファームの恒例は社長達も一緒に食べるんだ。談話とか意見交換の場も設けられているからな」
   「分かりました。今すぐ、斉藤を起こすのでちょっと待っていて下さい」

 

    北川は一度、ドアを閉めると隣のベッドで死んだ様に眠っている斉藤の胸倉を掴んでから、一気に前後に揺すると流石に驚いた様で一発で目覚める。

    夜飯を食べに行く事を告げると、斉藤は軽くストレッチをしてからベッドから降りた。

 

   「ここで食べるんじゃないのか」
   「そうらしい。と言う訳で行くぞ」

 

    斉藤は欠伸を漏らす事で返事をして北川と共に従業員の後を歩き、すっかりと薄暗くなった牧場の敷地内を歩く。

    外灯が一定の間隔で照らしており大掛かりの明るさではないので、夜になれば通路以外は暗闇に包まれる。

    それ以外の光源はKanonファームの敷地内にある家から明るい光が伸びていた。

 

 

    家の中に上がると香ばしい匂いが玄関まで漂ってきて、その匂いに釣られる様に4人はダイニングの元に向かう。

    既に準備万端の様でテーブルの上には大きな鉄製の鍋が置かれて、周りにはご飯がよそってある食器と、夏野菜を盛り付けられたサラダが。

 

   「カレーだけど、問題無いよね?」
   「まったく問題無いぞ」
   「一杯作ってありますから、好きなだけ食べてくださいね」
   「は、はい。いただきます」

 

    秋子はエプロンを身に着けているため、普段よりも魅力が引き出された格好が2人が秋子への視線を放せなくなってしまう。

    笑みを浮かべエプロンを身に着けた秋子の格好は高校生の2人には破壊力がある様で、大量にカレーを盛り付けて何回もおかわりをしてしまうのだから。

 

   「で、牧場作業はどうだった?」
   「キツイな、としか言い様がない」
   「オレもそれ以外は言い様が無いな……3週間後は生きているか分からない位だ」
   「うーん、そんなにキツイかな。あっ、そうそう3週間頑張ってくれれば、従業員として生産馬が出走する時に競馬場に連れて行ってあげるよ」

 

    競馬ファンにとっては更に破格な条件を出して、名雪はニコリと微笑んでから3週間後に出走する馬の名を告げる。

    みなみ北海道ステークスに出走予定のアイシクルランスと。

 

   「確か、夏の上がり馬として注目され始めた馬だったな」
   「意外と詳しいな。少年」

 

    秋名が茶化す様に口を挟み、斉藤は恐縮したのか少しだけ照れたようで頬が赤くなってしまう。

    この条件が北川と斉藤のやる気を更に引き出したようで、先程の死んだ様な表情だったのが、やる気が満ちた表情に切り替わった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。