北川と斉藤がKanonファームのバイト従業員として働く事になったのだが、早くも牧場作業の苦労が分かったようで、額には大量の汗が流れている。
名雪にとっては毎日行っている事なので既に慣れているのだが、2人にとっては慣れない作業なので、時間が掛かっている。
7つの厩舎があり、まだ仔別れが済んでいない0歳馬の厩舎を除いて4つの厩舎掃除をやらなくてはならない。
繁殖牝馬8頭分に功労馬3頭分、夏休みとして放牧されている3頭の馬房と多くの掃除が必要。
とは言え、既に馬房掃除は済んでいるので、ふかふかに天日干しした寝藁を馬房に戻す作業。
簡単に見える様で農業用のフォークは上手く利用しないと、腕に負担が掛かるので非常に体力を消費してしまう。
名雪は天日干しした寝藁を軽々と農業用フォークで掬い、リヤカーに乗せて各馬房に向かい、隙間無く綺麗に馬房の中に敷き詰めていく。
「わたしがやった事を真似てもらうから。馬房の横に掛かっているプレートを見れば利用中の馬房かは分かる筈だから、開いている馬房には敷き詰めないで」
「了解。1つ目が終わればドンドン次に行って良いのか?」
「うん、そうしてくれないと放牧中の馬が待ち続ける事になるから……出来ればの条件が付くけどね」
名雪はそう言いながら、既に身体を動かして寝藁をサッと回収してリヤカーに乗せて移動を開始している。
北川と斉藤も慌てて名雪と同じ様に寝藁を掬おうとするが、隙間からポロポロ零れてしまい上手く出来ない。
「くっ……これは見かけよりも難しいぞ」
「北川もそう思うか……これは慣れるしか上手く掬うコツは無いんだろうな」
「毎日やればコツは掴めると思うから頑張ってね」
既に名雪は2つ目の馬房が終わった様で新しく寝藁を掬って、次の馬房に向かうが、北川と斉藤はジッと名雪の方法を盗み見て学ぶ。
なんとなく分かったのか、名雪の方法を真似て掬うと先程よりも多くの寝藁が農業用フォークの中に納まる。
おお、と感動する間も無くリヤカーに大量の寝藁を載せて、移動を開始しなくてはならないのだから。
名雪は既に3つ目の馬房に寝藁を綺麗に敷き詰めている所で、ふかふかに天日干しされた寝藁の匂いが馬房内に充満している。
北川と斉藤は一緒に寝藁を敷き詰め始めるが、上手く出来ないので名雪がやっていた事を思い出しつつ、農業用フォークを振るい寝藁を床に落とす。
すると、パラパラと農業用フォークの隙間から零れ落ちて、徐々に隙間無く綺麗に敷き詰められていった。
「うん……それで良いよ。でも、最初はバサッと放り投げると、乱雑に敷き詰められるから、その後に農業用フォークで綺麗に整えた方が早いよ」
説明しつつ名雪はキチンとお手本をもう一度見せると、北川と斉藤は大きく頷いてから次の馬房へ寝藁敷き詰めに向かって行った。
次に行う事は放牧されている馬を厩舎に戻す事だが、まずはセン馬として比較的に大人しい功労馬から始める。
既に現役を引いた身の3頭だが、毎日1歳馬の調教――追い運動の為に調教コースを駆けているので、しっかりとした肉体を持っている。
なので、比較的に大人しいとは言え力強さは失っていないので、注意して厩舎に戻さないと放馬する可能性も秘めているのだから。
「と言う訳で、適度に緊張感を持って牽かないと馬鹿にされて、言う事を聞かなくなるから注意してね」
後は蹴られる可能性があるため後ろと前に立たない事を注意して、リードを頭絡のリング部分にセットする箇所として教える。
そして、名雪はタイフーンを牽いて、北川がジェットボーイ、斉藤がアストラルを引っ張って厩舎に向かう。
これだけ近くで馬を見た事が無かったのか、北川と斉藤は馬の威圧感が分かったのか、少しだけリードを持つ手が震えている。
流石に2人ともジェットボーイとアストラルの事まで知らなかった様で、主な成績を名雪が教えておく。
重賞勝ちは無いが、当時の短距離路線ではそれなりの成績を残していた馬だと教えると、まじまじと馬の顔を覗きこんでしまう。
功労馬厩舎と放牧地の距離は短い様で長い1km近く離れており、どう足掻いても人では馬の力には敵わないので、しっかりとリードを握る。
「競馬見ていれば分かると思うけどリードは長く持ち過ぎないで、出来るだけ馬に近づく形で握れば安定するから」
「そういえば、パドックを見ているとそんなに離れた格好でリードを持っていないな」
「そういう事だから、しっかりと握っていてね」
名雪がそう言うと、2人ともはっきりとした返事をして初めて馬を牽くという大役をこなす。
そして、無事に功労馬の3頭を馬房に戻して、繁殖牝馬と放牧されている現役馬も同じ様に戻していった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。