あの凱旋門賞でシンボリルドルフが4着に負けてから、約3週間後。

     遂にジェットボーイの出走日となる。

     秋子としてはこれが自分の馬での初挑戦であり、今までは父の所有馬だった馬が出走していたに過ぎない。

     これが秋子にとっては本当のデビューレースであり、ジェットボーイが記念すべき1号である。

     東京芝1400mのレースにジェットボーイが出走する事が伝えられており、秋子はこのレースだけを見に東京に来ていた。

     土曜日なので日曜日より観客は少ないが、今は朝早い事もあるのでメインレース――武蔵野Sの頃には観客も増えるだろう。

     秋子はスーツの襟に金色に輝く馬主バッチを付け忘れていないか、襟を触って確認する。

     キチンと付いている事を確認して、関係者専用の入り口を目指す。

     久瀬調教師が東京競馬場を案内してくれると言ってくれたので、入り口で待ち合わせる。

     まだ、秋子は競馬場に行った回数は少ないし、どこに何があるかは詳しくは知らないので案内が必要だった。

     バッジを警備員に見せると、すんなりと通らせて貰い、暫く通路を歩いた所で待ち合わせの場所に辿り着く。

     待っている間は秋子の横を大手の馬主が何人も通り過ぎていき、挨拶をされる事もあれば気付かれない事もあった。

     それは、まだ秋子がその場所に辿り着いていない新人馬主だからであり、当たり前の事であった。

 

    「やっぱり、まだまだ認知されていませんか」

 

     はふう、と気の抜けるような溜息を吐いて、秋子はその場で佇む。

     新馬戦は5レース――12時20分から行われるので、まだまだ余裕があるのだが既に1レースは始まっている。

     久瀬調教師は1レースに調教馬が出ているので、この場にまだ来ない。

     数10分もすれば関係者のコメントが取り終わり、次のレースへの準備が忙しなく行われる。

 

    「お待たせしました水瀬さん」
    「今日はよろしくお願いします久瀬さん」

 

     久瀬調教師はびっしりとスーツを着込んでおり、例えG�気任覆�ても身嗜みは綺麗なのは当たり前であった。

     お互いに挨拶を済ませてから、移動を開始する。

   

 

 

     全ての場所が案内されてから、秋子は馬主席に向かう。

     東京競馬場の全体を見渡せる席であり、ソファーに座ってスクリーンのように大きなガラス越しから見れるのは馬主の特権。

     多数の馬主がおり初老の男性が多く、秋子のように若い馬主は片手で数えられる人数。

     女性馬主に至っては秋子ともう1人の女性だけであった。

     秋子は小さく会釈だけを済ませて、初めて来た場所なので知り合いはいないので秋子は隅で観戦をする。

     既に馬主たちは馬券を買っているようで10万や100万単位で注ぎ込んでおり、秋子は気後れしてしまう。

     秋子とは桁違いの馬主なのでこの差は仕方がなく、秋子はこれからの不安さが増大しないように平常心で努める。

 

 

     そう言えば、と秋子は思い出して馬主席に置いてある競馬新聞を見て自分の出走馬の印と騎手を見る。

     騎手は誰が騎乗するかを教えてもらう事を忘れていたので、秋子は競馬新聞を見るしかなかった。

     競馬記者の印は△△▲○となっており、一番下――5番目以外は全て印があり、実質的に5番人気辺りだろう。

     騎手は前年関東リーティング20位辺りの人物であり、新人調教師の馬にはなかなかトップクラスは乗ってもらえない。

     そういう実情は良くあるので、秋子は騎手の事に関してはあまり干渉しない。

     ん、と新聞から目を放して東京競馬場名物の巨大ターフビジョンを見ると乗り替わりの事が表示されている。

 

    「5Rにジェットボーイに騎乗予定だった佐山騎手は落馬により、音薙騎手に変更します」

 

     と、放送される。

 

    「あらあら、乗り代わりですか」

 

     秋子は自分の馬が乗り替わりになる事は大して気に求めず、音薙騎手が上手く乗ってくれる事を願うだけ。

 

 

     赤旗が振られて発走体勢に入ったため馬は曳かれてゲートインをする。

     黒いヘルメット――2枠のジェットボーイは入れ込むも無く、ゲートイン完了させる。

     そして、スタートは切られる。

     ジェットボーイは押し出されるように先頭に立ったが、直線まで何も不利が無く来られたので秋子は勝ったと思った。

     が、直線半ば――残り200m付近で徐々にスピードが落ちて、最後は1頭の馬に差されてしまった。

     レース結果はジェットボーイ2着と思ったより健闘をして、秋子は喜んで検量室前に向かう。

     レースが終わった後なので調教師、厩務員、馬主、騎手、パレット、それと競馬記者がおり、久瀬調教師は騎手を労っている。

 

    「お疲れ様です、皐月さん。でどうですか?」
    「そうですね……短距離ならそこそこ楽しめそうですよ」

 

     音薙騎手は黒いヘルメットを外しつつ、話しておりその間に黒い髪があらわになる。

     それだけを先に伝えると、音薙騎手は検量を済ませるためにゼッケンだけをパレットに渡して、鞍を持って検量を量る。

 

    「これからが楽しみですね」

 

     秋子と久瀬調教師はお互いに同じ事を口にしていた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。