夏の季節になり、さんさんと日射が日高地区を照らして、そんな中でも0歳馬は放牧地を駆け巡る。

     既に仔別れの準備は出来る位、母馬と離れて行動しているがまだまだその時期では無いので、今だけは精一杯母馬に甘える事を願うしかない。

     名雪は額から流れる汗を拭いつつ、仔馬の様子を柵越しに眺めて特に問題無い事を確認。

     仔馬同士で喧嘩をしているが、自分の強さを見せびらかす為に後ろ脚で立ち上がって威圧している。

     喧嘩を挑むと言う事は気性が荒い馬が多いのも事実だが、その気性の荒さが競馬場では武器になり得るので、大人しい馬よりは好まれやすい。

 

    「んー、このやり取りだとボス争いかな」

 

     喧嘩を仕掛けているのはエレメントアローの96で受け立つ気構えなのが、ブルーフォーチュンの96。

     お互いに黒い馬体の為、パッと見ではどちらがどちらだか分からない位、類似している。

     分類上、ブルーフォーチュンの方が青毛でエレメントアローが黒鹿毛なので、良く見ないと馬を取り違えてしまう程で、黒鹿毛の方は褐色が混じっている位。

     閑話休題。

     0歳馬の喧嘩は先に仕掛けたブルーフォーチュンの96によって、エレメントアローの96が不安を感じたのか両耳を忙しなく交互に動かす。

     それに対して、ブルーフォーチュンの両耳は後ろに伏せている状態で、非常に攻撃的な態度を示している。

     こうなってしまえば、ブルーフォーチュンがリーダーとして当分の間は引っ張っていく事が確定しただろう。

 

    「……随分と呆気無いなぁ。もうちょっと続くかと思ったのに」

 

     逃げた格好になってしまったエレメントアローの96が名雪の傍に近づいて、鼻を名雪の身体に寄せて来た。

     名雪は何も言わずに額から鼻梁に掛けてゆっくりとエレメントアローの96を撫でている。

 

    「さて、厩舎作業をしないといけないから、ここまでだね」

 

     最後にポンポンとエレメントアローの96の額を叩いてから、名雪は厩舎に向かって行った。

     その様子をエレメントアローの96は柵から顔だけ出して、名雪の後姿を見送っている。

 

 

     既に多くの馬が夏休み期間――秋に備えた休養の為、殆どの馬が放牧地でのんびりと過ごしている。

     とは言え、完全な休暇では無いので秋前には厩舎に戻せる様にと、しっかりと調整しなくてはならないが。

     放牧に出されているのは、北海道スプリントCを制したヤマトノミオにあじさいSを制して1000万下を卒業したファントムロード。

     ユニコーンSで8着に入ったレッドミラージュの3頭となっている。

     厩舎で夏を過ごすのは復帰3戦目で見事に500万下を楽勝したダンシングウイナーが一気に短距離の頂点を目指す。

     そして、新緑賞――東京芝2300mと信夫山特別――福島芝2600mの連勝をしたアイシクルランスが菊花賞で夏の上がり馬として注目され始めた。

     この後は、みなみ北海道Sから菊花賞トライアルを目指すので、ゆっくりと休養させるよりも鍛えて菊花賞を目指すと言う事に。

 

    「アイシクルランスの菊花賞が楽しみですね」
    「そうだな。2600mの信夫山特別を勝利した時は楽勝だったし、3000mまでなら問題無いだろう」
    「本来なら上がり馬として有力になりそうですけど、クラシック路線のレベルは結構高いと思われるので、気を引き締めていかないと厳しいでしょうね」
    「最後の1冠だけはダンスインザダークの陣営からしてみれば正念場だろうし、そうあっさりと狙える訳でも無いな」

 

     実際にダンスインザダークの陣営が菊花賞に懸ける想いは、凄まじいものであり、ラスト1冠を得るにはこの馬を破らなければならない。

     アイシクルランスの目前には高い壁がそびえている状況で、菊花賞に向かう為には1つも取りこぼしをせずに圧勝して、名刺を叩き付ける必要がある。

 

    「ダンスインザダークだけ無くフサイチコンコルドとかが居るし、今年の菊花賞は間違い無くレベルが高くなるでしょう」
    「こういう時に限って出走すると思われるメンバーのレベルが高くなるのだから、夏の上がり馬らしく一矢報いたい所だな」

 

     秋子と秋名はお互いに意見が一致したようで、アイシクルランスの目標として春のクラシック組を討伐して菊花賞制覇を狙う事に。

 

 

     名雪が厩舎から戻って来た時には、既にこの話題から別の話題に切り替わっていた。

 

    「名雪ちゃん。誰かバイトとして使えそうな人物居ないか? そろそろ従業員の数を増やしたい所でな」
    「うーん……一応、1人か2人なら目処があるかな」

 

     名雪は汗をシャワーで流したばかりの為、濡れた髪を軽く拭きつつTシャツと下着だけの格好でソファーに座って、秋名の質問に答えている。

     名雪の頭の中では友人の顔が浮かんだのか、ポンと生贄を捧げる様に無慈悲の表情で、競馬ファンである2人の名前を口にする。

 

    「同じクラスの北川君と斉藤君が馬券に嵌っているみたいだから、ちょっと誘ってみるよ」

 

     ニヤリ、と名雪の口端が釣り上がった為、秋名はまだ見ぬ名雪の友人に向かってご愁傷様と呟いた。

 

 

     戻る      

 

     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。