地方競馬教養センターと競馬学校の生徒による対決――模擬レースは佐祐理が勝利した事で、湧き上がる競馬学校生徒と悔しがる教養センター生徒の構造が。

     佐祐理はポンポンと騎乗馬の首筋を叩き、労いの意味を込めたそれは勝利者だからこそ出来る華やかな行為。

     祐一はゴーグル越しに佐祐理の行為をチラリと一瞥してから、相棒をクールダウンさせる為にキャンターで馬場内を軽く走らせる。

     その祐一の表情は悔しさで滲んでおり、上手い具合に黒いゴーグルのお陰で 隠れているが、ギリリと下唇を噛んでいる。

     相棒にキャンターをさせてコースを逆走させるかという所で今回の結果で3着に食い込んだ祐一の友人が馬を寄せて話し掛けてきた。

 

    「……後少しの差で勝利出来ていたな」
    「負けた原因は最後の最後でヨーロピアンスタイルで追うとは思わなかったのが、俺の敗因だろうな」
    「しかし、倉田さんの追い方は熟練しているな。隙がまったく見当たらなかったな」
    「ああ見えても、イギリスではポニーやトロットのレースに乗っていたみたいだから2年しか騎乗していない俺達とは過密さが違うぞ」

 

     祐一の友人は驚愕さを滲ませた表情をしてしまい、祐一が嘘を言っていない事が分かった様で、マジマジと遠目から佐祐理の様子を伺ってしまった。

     その佐祐理というと黒のゴーグルを外して、先程の勝負師らしい表情から一転して女神の様に慈悲溢れた表情で馬を労っている。

 

    「この後は面倒な反省会だったな」
    「下手すると雷が落ちるだろうし勘弁してもらいたい所だが、そうも言っていられないだろう」

 

     2人には2着と3着に食い込んだ為それ程の叱責は受けないだろうが、着外だった4人には雷が落ちるのが想像出来る。

     祐一と友人は馬を軽く歩かせながら馬場の出入り口まで向かってから、他馬の後に続いて厩舎へ。

     そして、洗い場に馬をセットして労いながら大量に流れ落ちている汗を洗い流す。

     そこには競馬学校の生徒も同じように馬の汗を洗い流して、労いの言葉をしっかりと掛けていた。

     馬は聞いているのか聞いていないのかハッキリしない表情で、無垢の瞳をそれぞれの騎乗者に向けている。

 

    「祐一君。お疲れ様」
    「お疲れ様です佐祐理さん。いや、今日は負けましたよ」
    「そんな事は無いですよ。私も負けそうになって非常に焦りましたから……もう一度勝負したら負けるかもしれないですね」
    「その時は楽しみにしています……と言っても後は競馬場でのデビュー後になりますから、難しいかもしれないですけど」

 

     祐一と佐祐理は更に所属先がまったく違い、レースで出会える可能性は非常に低いので、下手するとこれが最後の勝負かもしれない。

     そのため、2人は笑みを浮かべながらしっかりと握手をしつつ、再開を願う事をお互いに期待している表情だった。

 

 

     さて、そんな訳でレースを行った全員が馬を洗い終わると、食堂に移動して反省会が行われる。

     既に食堂には大型のスクリーンがセットされており、先程のレースを映し出される状況が作り出されていた。

     祐一達は適当な場所の椅子に座って、明瞭に映し出されるスクリーンのレースシーンに目を向ける。

 

    「さて、最初は5番が逃げた点だな……その後は2番が逃さないように追いかけたか」
    「下手するとスロウペースのまま逃げ切られる可能性がありましたから、追いかけたのは消耗するのも承知でした」

 

     教官はスティックでこの部分を指摘しつつも、納得したようで頷いている。

     続いては9番、11番、12番が外から内に切り込んでいるシーンが映されるが、小回りの馬場ではこの判断が正しいので教官は指摘をしない。

     どちらかと言うと好判断なので、後ろに下げた7番と8番、10番よりは判断が良いと思われるだろう。

 

    「7番と8番と10番は後ろから行ったが、特に8番と10番は7番の手によって外に出されたままだから、余計体力を消耗させたな」
    「下げるとリズムが悪くなり、内に切り込んでも前が詰まる可能性が高いと判断しました」

 

     その判断は間違っていなかった――スクリーンには1番と2番の間を突く佐祐理のシーンが映し出されている。

     少し前のシーンは祐一が外に持ち出して、9番と11番と12番を圧力で壁として佐祐理の進行を妨げる形に持ち込んでいるのは好判断と納得されていた。

     後は祐一が9番と12番の間を一瞬で突き、ゴール前の攻防が映し出されるのみ。

 

    「うん、最後の攻防は3番の上手さが際立つな。6番は後少しで勝利すると言う事で気を抜いたか?」
    「そうなりますね」

 

     祐一は反論もせずに、教官の言う事をしっかりと受け止めている。

     弁論のしようが無いのは事実で、この結果は自分の浅はかな判断で負けたのを覚えておかなければならないのだから。

     こうして、今回の模擬レースと反省会は終了し競馬学校の生徒は勝利した事を手土産に馬を連れ添って帰っていった。

 

 

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     特になし。