競馬学校の生徒を6名連れ添って教官が施設案内を行うと同時に、祐一は佐祐理と手を振っていた事を目聡く発見した友人に捕まってしまった。
しかも、逃げられない様に教養センターの騎手候補生――祐一の同期6名に囲まれてしまい、一瞬の隙を突いて逃げ出すなど到底不可能な事態に。
祐一はその場で冷たいリノリウムの床に正座させられてしまい、ドス黒いオーラを祐一に向けて放つ5名の威圧は凄まじい状況。
萎縮してしまう祐一だが、女禁欲生活を強いられている状態では5人の不満も噴出してしまい、佐祐理との繋がりを持つ祐一が敵に見えても仕方ない。
「さて、相沢。嘘1つも無く細かい経緯も含めて説明をしてもらおうじゃないか」
「だから唯の友人だって。数年振りに会ったんだから俺から言わせてもらうと雰囲気は分かったが、自己紹介されるまでは本人か確信出来なかったぞ」
「あの女神の様な笑顔を1人で独占して、最高の微笑みを向けてもらった癖にその弁明が思っているのか?」
「……うん、無理っぽいな」
祐一は軽く周りを見渡して、口に出た言葉が殺気に晒されている状況で唯一口に出来た言葉だったのだろう。
まして、自分よりも体格が良い友人達に囲まれて正座しているため、最早逃げ道は無いに等しい。
「さて、罰とは言え暴力を振るう訳にもいかないので、何か罰ゲームをして貰おうか」
「反論の余地は……無さそうだな」
「そりゃあ反論の余地なんかある訳無いだろう。で、行う罰ゲームは相沢が1番楽しみな物を今日の夜だけ禁止と言う事で」
「……ッそれだけは勘弁してくれ。その楽しみを奪われたら何を希望に生きていけばいいんだ!!」
祐一が狼狽して友人に懇願をするが、その願いは友人達に届かなかった様で民主主義らしく多数決を採る事になったが、祐一以外は全員が手を挙げる。
祐一はその結果にガッカリと肩を落として、深く項垂れてしまった。
と、馬鹿なやり取りを行っている間に施設案内が終了したようで、教官が競馬学校の生徒を連れて戻ってきた。
そして、祐一達と佐祐理達は自分が騎乗する馬の馬装を行うために、厩舎地区へ向かっていく。
競馬学校の生徒も馬運車で運んできた自分の相棒――サラブレッドに所持して来た鞍などを装着させるために、一緒に移動を開始する。
「ふふっ、久しぶりですね。祐一君」
「お久しぶりです……およそ12年振りになりますね。まさかこっちに戻ってきているとは思いませんでしたよ」
佐祐理はそれだけの時間が経過している事に軽く相槌を打ちながら、戻ってきた経緯を話しつつ口元に笑みが零れている。
それだけ祐一との再会が嬉しかった様で、佐祐理の顔は僅かに赤面した状態で、その表情は可愛らしさが更に引き出されている為祐一の視線が釘付けに。
「え……えっと、向こうではどうしていたんですか?」
「イギリスに居たときですよね? ポニーやトロットのレースに出て、家の生産馬を調教していたりしましたよ」
お陰でこんなになりましたよ、と言いながら佐祐理はジャケットの袖を捲くり、白くて肌のキメが細かく筋肉質ながら女性らしさが失われていない腕を露出。
その腕は殆どの努力が濃い密度としてしっかりと現れており、どれだけの過密で鍛えていたか伺える。
「祐一君は秋子さんの手伝いと草競馬がメインだったんですよね?」
「その2つだけになりますね。草競馬の方は思ったより結果が出なかったですけど、そこでレースとか学んだから感謝する事は多いですね」
佐祐理も祐一の言う事は同意しているようで、それだけ過酷な環境に身を置いていた事を示す。
そんな会話をしながら歩いて厩舎の前にたどり着くと、佐祐理はキリッと毅然とした態度になり、その表情はより美しさを醸し出している。
「祐一君。私との勝負には決して手を抜かないで、本気で掛かって来て下さいね」
「ええ、勿論です。佐祐理さんを相手にして手を抜くのは失礼ですから……潰すつもりでやらせてもらいます」
祐一が佐祐理に宣戦布告を叩きつけた事は佐祐理がしっかりと受け取り、その後はお互いに会釈もせず戦場で戦う準備を行う為に相棒の元へ。
祐一は自身が騎乗する馬の鞍などを丹念にチェックして、馬装をセットすると馬は逸る気持ちを抑えきれないのか、鼻息を荒くしている。
ポンポンと、祐一はその馬の首筋辺りを軽く叩いて落ち着かせると、騎乗をして厩舎から馬場へと向かっていく。
既に祐一を除く全員が騎乗して待機中だったので、軽くキャンターをさせつつ集団に近づいていく。
「遅いぞ。相沢」
「すみません。ちょっと手間取りまして」
教官に窘められる祐一だが本日行われる勝負のためか、余り口出しをされない事にホッとしつつゲート前に向かう。
そこでは祐一の友人達が馬に騎乗したまま、軽く並足で周辺を闊歩しているので、近付き過ぎない様に丁寧な動きで近づく。
「作戦は決めていないよな?」
「ああ。相手の出方が殆ど分からないし極端な乗り方さえしなければ、地の利はこっちの方がチャンスだろう」
「向こうもこちらの出方は分からないだろうし、下手すると牽制し合ってまともな展開にならないかもしれないからな」
「枠も俺達と向こうの順番で入るからな……スタートを失敗するとポジション取りで争う事になるだろうし、上手くスタート切ろうぜ」
チラリと祐一達は競馬学校の生徒達が輪乗りしている所をゴーグル越しに見やって、コクリと勝つ意味を込めて頷いた。
そして、教養センター厩務員志望の生徒が各馬の頭絡にリードをセットして、ゲート内に導く。
祐一は6枠6番からのスタートで佐祐理はクジ運の良さが幸いして、3枠3番と絶好の枠からスタート。
最後に祐一の友人が8枠12番の枠に入ってから数秒後にゲートが開く。
真っ先に飛び出したのは5枠5番――競馬学校の生徒で、それ以外は出遅れる事も無く綺麗な格好で飛び出る。
このまま単騎で逃すと勝たれると思ったのか2枠2番の馬が騎手の反応に通して、逃げ馬から離れ過ぎない様に1馬身程後ろからマーク。
佐祐理は中団に控える様で、外から祐一がマークしている事に気付いているのか、淡々とレースを進めている。
外から上がってきた9番と11番、12番の馬が内に少しずつ切り込んで、2番と同じ位置位から逃げ馬を伺う。
1番は最内からのスタートが幸いして、2番の真後ろに付けているが砂を被っている事が影響しそうだが、外に持ち出す事も出来ない。
その後ろには佐祐理が騎乗している馬が居るので、横切る事は不可能で後ろに下げるかその位置で我慢させなければならない状況。
4番は佐祐理と祐一の間で2人が仕掛ける様子を伺って、7番と8番と10番はその3人よりも後ろに控えている。
8番と10番は外の方に持ち出しているが、7番が馬場の中央に居るため内に切り込めない状況を作り出されていた。
隊形が整うと、後は誰かがレース展開を弄らない限りこのまま淡々とレースは進むだろう。
祐一はしっかりと前を見据えながらも、横に居る佐祐理がどこから仕掛けるかで自身の勝敗に結びつくのが分かっているようだ。
その表情は迷いながらも、相棒にGOサインを出してゆっくりと進出していく。
9番11番12番が前に居るので、やや外に持ち出し佐祐理の馬が外に出られない様に馬4頭分の圧力で壁を作り上げる。
これで佐祐理は上手く隙間を突かない限り、馬群突破出来ずに終わってしまう可能性も出てきた。
残り距離は凡そ600mと言った所で、第3コーナーが目前に迫ってきている。
小回りの馬場なので、外から行くと遠心力で膨れあがってしまうので、祐一は一瞬の間で9番と12番の隙間を突いて、内に向けなければならない。
ここで佐祐理が進出してきて2番の真後ろにポジション変更し、狙いは1番と2番の間から一気に内から先頭を奪うのだろう。
5番の騎手が鞭を振るって気合を奮わせようとしているが、後ろからのプレッシャーに耐えられなかったのか勢いが徐々に落ち込んできた。
そして、最終コーナーに入る直前に5番から12番が代わって先頭に立ち、12番が外に膨れ上がった瞬間に祐一は相棒を一気に突っ込ませる。
5番が早めに脱落したので内に居た2番も上がらなければならず、狙った様に佐祐理が1番に代わって最内を得る。
既に勢いは祐一と佐祐理の馬で決着が決まるしかない形で、後方から4番が追い上げてくるが届きそうも無い。
残り150m。
佐祐理は祐一の馬にピッタリと寄せて力強い動きで手綱を扱きつつ、鞭を1発2発と大きく弧を書いて振るう。
祐一はその勝負に望む所だったようで馬の首に身体がくっ付きそうな程の柔軟性を見せて、激しく手綱を追っている。
残り50m。
ここで僅かに抜け出したのは祐一の馬で、佐祐理の馬との差は首まで広がっていく。
佐祐理はまだ諦めていないのか、ヨーロピアンスタイルの真骨頂である激しく手綱を押し出すような格好で追い、祐一の馬との差が再び縮まる。
そして、最後の最後で抜け出したのは佐祐理で祐一は上手く乗ったが2着に敗れてしまった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。