地方競馬教養センター。
栃木県にあるこの施設は地方競馬の関係者を育成――主に騎手、調教師と厩務員を地方競馬に送り出す場所。
中央競馬の競馬学校とは違い大掛かりな施設は多くないが、2年間で現場――競馬場に騎手を送り出すため過密な時間で鍛えられていく。
そんな中に祐一は入学しており、2年目になった今は来年度のデビューに向けてしっかりと訓練をこなしている時期である。
今ではしっかりとした騎乗スタイル――モンキー乗りで追える格好になったので、教養センター内では上位の実力者として成績が良くなっていた。
背中に水が入ったコップを乗せて零れないと言うレベルではないが、バランスの良さは安定した物。
だが、追い比べるになると腕力でねじ伏せて1着をもぎ取るのが苦手なのか、僅かな差で負ける事が多い。
そこがネックなのだが、祐一の騎乗方法は鐙につま先だけで立ち、腰を浮かせて背中を丸め馬の背に密着する程の前傾姿勢で追う格好。
後は腕力が付けば更に安定すると教官から言われているのだが、どちらかと言うと細身の祐一にはなかなか筋力が付かない状況が続いている。
「腕力ねぇ……筋トレはしているんだがなー」
祐一は自分の腕周りを見渡しつつ、軽く吐息を吐き出しながら騎乗用のジャケットに手を伸ばしてテキパキと着替えていく。
最後に綺麗に手入れされた黒革のブーツに足を通して、トントンとつま先で床を叩きしっかりと騎乗用のブーツを履けたか確認。
「んー、今日は競馬学校の相手との合同レースだけど、どうなるんだか」
祐一が言う合同レースとは競馬学校の生徒と地方競馬教養センターの生徒が訓練ではなく競馬の様に勝負するという単純なもの。
だが、単純なものとは言えどちらにも沽券が掛かっているので、本気にならざる得ないイベントでもある。
「負けたら負けたで後が恐ろしいし、ちっと頑張りますか」
祐一は自分が愛用している鞭を軽く振りかざして、ヒュンと空気を両断する音が鞭をしならせて聞こえてきた。
祐一が向かった先は食堂。
本日来訪してくる競馬学校の生徒が挨拶をする為に、教養センターの騎手候補は食堂に集合となっている。
長テーブルが3列に並んでいる食堂には既に祐一を除く騎手候補生が椅子に座って会話を行っている。
祐一が入室した事に気づいたようで、軽くヒラヒラと手を振って祐一を呼んでいるようだ。
「よう、相沢。良い情報を教えてもらったぜ」
「おっ、それはどういう内容だ?」
「今回対決する相手の1人が飛びっきりの美女らしいぜ……上手くいけばお近づきになれるかも知れんぞっ!!」
「おいおい、早まるなって。あくまでも噂に過ぎないなら男ばかりの競馬学校に入学した女性なんか、女禁制の俺達から見れば余計綺麗に感じるだけかもな」
祐一の言葉にガッカリと肩を落とした友人はテーブルの上に突っ伏す格好になってしまう。
祐一からしてみれば、自身の母親である秋名を除いて秋子と名雪と言う美女を見慣れすぎているので、祐一のお眼鏡に適う美女はなかなか居ないだろう。
そんな会話をしていると、教官が競馬学校の生徒を6名連れ添って食堂に入室してきた。
その中に一人だけ噂と寸分無い美女が入室して来た為、ざわめきが一瞬にして広まる。
その女性は肩ぐらいまでの長さ――セミロングで栗色の髪に緑色のゴムで一纏めにして、誰もが吸い込まれそうな程の茶色の瞳が特徴。
何よりも女性らしさを主張している2つの膨らみが強調されており、殆どの生徒が釘付けしてしまう程。
祐一だけはその女性の顔を見て首を傾げている状態だが、横に座っている友人が非常に興奮した様子で話しかけてくるので思考を中断した様だ。
そして、1人ずつ自己紹介が済んでいく中で女性の番になり、朱色で形が良い唇がゆっくりと開く。
「えっと、倉田佐祐理と申します。本日はよろしくお願いします」
ペコリ、と小さくお辞儀すると壮大な盛り上がりで、一瞬だけ佐祐理の身体がビクついてしまったのはご愛嬌。
その後は祐一達の挨拶になり、競馬学校の生徒と同じように順番に紹介が消化されていく。
そして、祐一が挨拶を済ませてから佐祐理の方を向くと、女神の様な笑みを浮かべながら教官達に気づかれない様に手を小さく振る佐祐理の姿が。
祐一もそれに合わせて小さく手を振ると、佐祐理は軽くウインクしつつ笑みを浮かべる。
そして、お互いの挨拶が終了すると、すぐさまにレースをする訳ではなく地方競馬教養センター内の案内が行われる。
佐祐理も案内されるので、祐一はその間にしっかりと友人達に佐祐理との
関係を弁明しなければならない状況になり、別の意味で溜息を吐く祐一の姿が。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
特になし。