Kanonファームの放牧地ではある事が起こっていた。

     子別れを行う為に、仔馬と母馬を無理矢理に引き離す時が来た。

     この事は競走馬になる第一歩として、何処の牧場もしなくてはならない儀式。

     大体半年後――秋頃に子別れのイベントとして仔馬のいななき声が聞こえてくる。

     今、Kanonファームにいる0歳馬は1頭なので、仔馬はより寂しさを紛らわす為に声高くいななく。

     生後半年は人間で言えば大体2歳頃なので、仔馬も母馬も辛いのだが1週間もしたら何事も無かったようになる。

     そう、順応が早く、放牧地を駆け回る方が仔馬にとっては楽しくなってしまい母馬の事は関心が無くなる。

     今まで、いなないていたのが嘘のように。

 

    「これで最初の一歩は終わりましたね」

 

     秋子は繁殖牝馬の放牧地から1km程、離れた場所にある0歳馬の放牧地を覗きながら呟く。

     放牧地のスペースは小さいのだが、オーバーペースになるくらいの大きさはあり、仔馬は走り疲れて休んでいる。

 

    「どうだ? 動きは」

 

     まだ分かりませんよ、と秋子はせっかちな秋名に釘を刺すように言い、柵に寄り掛かりながら仔馬を見る。

     仔馬は尻っぱねをしたりしながらも走っており、他に仔馬がいない事もあって広々とした放牧地を駆け巡る。

 

    「広いのは良いんだが、寂しくないか?」
    「そうですね、もっと仔馬が居ても良いですね」

 

     生まれる予定だった仔馬が死産したので、その分放牧地は広くなってしまった。

     流石に放牧地に居る子馬が1頭だと、小さな牧場だと思われる危惧もある。

     とは言え、それは事実なので誰かに言われても否定は出来ないのが悲しい事だった。

     ただ、秋子だっていつかこのKanonファームを大きくしたい野望はある。

 

 

     北海道はそろそろ肌寒くなる頃であり、木枯らしが吹いている。

     9月になると東京とは違い、Tシャツなどでは寒く感じる。

     が、牧場ではそんな事は関係なく作業が進められる。

     これから一番大変なのは、少しずつ0歳馬に育成する事だろう。

     先ずは鞍を乗せるようにならなくてはならないが、最初の第一歩はタオルを乗せる事から慣らす必要がある。

     異物を背中に乗せる事になるので、どの仔馬も嫌がり逃げるように放牧地を走り回る。

     だが、1週間もしたら慣れてしまい、次の段階へ移行。

     完全に人を乗せて走るようにするのは来年から行うのだが、鞍着けなどは早めに慣らさないと競走馬になれない。

     なので、微笑ましく仔馬を見ていられるのは秋までであり、これからは常に困難が付きまとう日々の始まりだった。

 

    「通常の業務に支障が出ないようにしないとな」

 

     そうですね、と秋子は神妙に頷いて秋名に同意する。

     暫くは、この鞍乗せは誰がするか話し込む2人。

     数分近く話し合うと誰が行うか決まったようだ。

 

    「名雪にやらせますが、どれくらい出来るでしょうか?」
    「さあな? いずれ名雪ちゃんに牧場継がすなら、今のうちから良いだろう」

 

     秋名は、ギュッギュッと煙草を灰皿に押し付けてもみ消し、僅かに紫煙の匂いがリビングに漂う。

     そうですが、と秋子は語句が弱くなるが同意するしかなく、いつか先の事だが牧場を継がすのは名雪と決めている。

     親のエゴかもしれないが、秋子自身を名雪の実力で超えて欲しいと願っている。

     何処の牧場も潰すのは簡単だが、続ける方が一番大変なのだから、これから名雪に教える事が多数ある。

 

    「これからが大変だな」

 

     ポンと秋子の肩を叩きながら、頑張れよお母さん、と茶化して言う秋名。

     秋子も反撃して、それは姉さんもでしょう? と言い2人は笑い出す。

 

 

     その頃、この事を何も知らずに牧場地でボロを拾っている祐一と名雪は二人揃ってクシャミをする。

 

    「風邪を引いたかな?」

 

     うー、と名雪は鼻を擦りながら秋晴れの空をジッと眺める。

     雲が連なって1つになっており、ぽっかりと青い空に浮かんでいる。

 

    「何を見ているんだ名雪?」

 

     名雪は別に、と気が無い返事をしてボロ拾いの続きを始める。

     テキパキと名雪はボロを見つけ出し、祐一は未だに探すのが苦手なのか拾うのが遅かった。

 

    「もっと慣れないと駄目だよ」

    「う、うるさいな」

 

     祐一は名雪に指摘された事が悔しいのか、何故か叫びながらぼろ拾いをし始めた。

     繁殖牝馬と仔馬は厩舎に戻っているので、叫んでも問題は無いのだが流石に不味いと感じたのか文句を言う。

     その言い方は、実に秋子にそっくりだったが威圧感は秋名に近かったので、祐一は直立不動になってしまった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特に無し。