新年が明けてから1ヶ月経ち、2月になると短い冬休み――放牧から春に帰厩するために徐々に調教のピッチが上がりだす頃。

     Kanonファームには1頭も放牧されている馬は居ないので、現在は1歳馬の育成に力を入れている。

     春頃には育成牧場に送り出す必要があるため、基礎能力――心肺機能などを今から十分に鍛えて、育成牧場でより過密な調教が行われるのに対応するため。

     なので、今から鍛えておけばスタートラインが他馬よりも1歩先になる可能性があるのだから、心を鬼にして全頭を鍛え上げていく。

     ほぼ毎日調教を行っていれば、馬体の成長力は日増しに良くなっていくので、ダービー制覇を目標としているKanonファームとしては調教の余裕が無い。

     この調教が必ず実を結ぶとは限らないが行わないよりはマシなので、実を結ぶ事を信じて、今日も調教が行われる。

 

    「うーん、今日の調教はまずまずかな?」
    「ちょっとタイムが掛かっているからな……今日の馬場は悪くない状態だし、疲労が溜まっている可能性が高いな」
    「その可能性も高いですが、休養させると言うのは安易な気がしますね」
    「んー、じゃあ周回数を増やす代わりにラスト1周は15-15付近で締めるのはどうかな?」

 

     これなら調教時間も増えるし疲労は普段よりは残らないよ、と名雪は案を1つ出して、それぞれソファーの椅子に座っている2人の顔を伺う。

     秋子は手にコーヒーカップを持ちながら、名雪の顔を一瞥してからカップの中でユラユラと揺らぐコーヒーに視線を落とす。

     そして、数分ほどが経っただろうか秋子は顔を上げて、名雪の案に対してOKサインを出し、今後は適度にこの案も一緒に調教する事を指示。

 

    「跛行とか故障が発症しない限り、調教の方法は早くて周回数が少ないのと遅くて周回数が多いのを交互にやってもらおうかしら」
    「その方が良いかもしれないね。うん、それくらい鍛えないと目標のダービーは遥か彼方だからね」
    「と、言う訳で名雪ちゃん。頑張ってくれ」

 

     りょうかーい、とやや間延びした口調で名雪は喋りつつ、ちょっとだけ雑で不恰好な敬礼のおまけ付きで部屋に戻っていった。

     今日の調教は既に終了したのだから、後は汗で濡れた肢体をしっかりと洗い流して、名雪自身が体調を崩さないように身体を温める必要が。

 

 

     名雪はシャワー浴び終えると、今年の種牡馬辞典を競馬関連の本が大量に詰まっている本棚から取り出す。

     そろそろ今年の配合を考えておく必要がある時期なので、名雪は自分から志願した経緯があり、早めに案を考えておく必要が。

     今年の配合で1番話題になり得るのはイチゴサンデーで、そして何よりも配合が難しいとも言える血統。

     ノーザンダンサーとグレイソブリンを持つので、ある意味流行の血統が配合の幅を狭めてしまう。

     薄めのインブリードを用いれば配合はしやすくなるのだが、近年はノーザンダンサーの猛威が広がっている状況。

     即ち、ノーザンダンサーを持たない種牡馬を探し、完全なアウトブリードか或いはノーザンダンサー以外のインブリード相手を探す必要が。

 

    「サンデーサイレンスの牝馬は何と配合した方が能力を引き出してくれるのかなー」

 

     まだ、サンデーサイレンスは種牡馬として3世代しか産駒がデビューしていないので母父としては未知数。

     海とも山とも分からないので、今は無難な配合にするか賭けのある配合にするかは名雪に委ねられた。

 

    「……イチゴサンデーの相手は後に考えるとして、まずはミストケープから考えるかな」

 

     名雪は種牡馬辞典の96年度新種牡馬のページを開き、1頭1頭を選考していく。

     そして、真っ先に目が付いた種牡馬はライスシャワー。

     ミホノブルボンの3冠達成を打ち砕いた菊花賞にメジロマックイーンの天皇賞・春3連覇を阻止した稀代の名ステイヤー。

     去年の宝塚記念の直前に骨折を発症後に引退して種牡馬入りを果たしたのだが、現代の短距離主体の競馬に合わないと判断されたのか、種付け料は非常に格安。

     菊花賞に天皇賞・春を2勝したGⅠ馬とは思えない種付け料で、その価格は100万と安い。

     だが、値段は安い方が中小牧場では種付けしやすいと判断されるので、名雪としても魅力的な種牡馬であるだろう。

 

    「うん、ライスシャワーとなら完全なアウトブリードになるし、ミストケープもクラシックディスタンスで活躍していたから相性は良いかも」

 

     名雪は机の上に置かれているメモ帳を手に取り、ライスシャワー×ミストケープと流暢な文字で記入。

     ひとまず、ミストケープの配合相手が決定したので、名雪は吐息を吐き出して安息の表情を浮かべる。

 

    「これで、ミストケープの相手は決定で良いかな。後は6頭分か……うん、頑張って配合を考えないとね」

 

     名雪は、そう呟いてから再び種牡馬辞典を見開き、様々な種牡馬名をメモ帳に記入していった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。