名雪は学校が終わってから寄り道もせずに家に戻ると、制服に添えつけられているケープの紐を解きつつ、自室に向かっていく。
そして、制服のボタンを襟元から順番に外していき、白く決めの細かい肌がほっそりとした鎖骨と共に薄い水色の下着が露になる。
名雪はサッと、白で無地のTシャツに着替えてから、青色が随分と色褪せて膝の部分がボロボロのジーンズを穿いて、派手目なジャージを羽織る。
おまけに、手の甲でジャージの中に入った長く艶のある髪を払ってから、口に銜えていた髪留めのゴムで毛先を一纏め。
鏡を見て服装チェックをする暇も無く、名雪はトントンと階段を2段飛ばししてリビングに移動する。
「今日の調教予定は?」
「1歳馬を左回りからスタートさせて、後ろから追ってもらおうかしら」
「オーケー。周回数はこっちが決めて良いよね?」
「ええ、その点は任せるわ……出来るだけ多く周回させるならの条件が付くけど」
望むところだよ、と名雪は相槌を打ちと、ヒラヒラと手を振りながら厩舎に向かっていった。
厩舎内の休憩室に居座っている従業員に名雪は本日の調教を伝えて、1歳馬を調教コースに連れて行ってもらう。
その間に名雪自身は馬具置き場の中で綺麗に磨かれて置かれている腹帯と鞍、ヘルメットとプロテクターを取り出してサッサと身に着けてしまう。
「んー、どれも壊れている事は無いね」
腹帯などは消耗品で1箇所でも切れている部分があれば、それは既に寿命が達しているものになるので、交換しなければならないのだから。
良し、と名雪は頷いてから馬具を片手に持って、タイフーンの馬房に近づいていく。
のんびりと馬房で飼い葉を食んでいたタイフーンは名雪が近づいて来た事で調教の時間だと察したのか前掻きを行い、ガサガサと寝藁が音を立てる。
この場では鞍付けがし難いので名雪は頭絡を掴んでから、タイフーンを装鞍所に連れて行く。
タイフーンは慣れたもので嫌がる素振りを決してみせる事も無く、淡々と名雪の指示に従って大人しいまま、装鞍されていく。
「うん、これで良しと」
名雪にとっては装鞍は手馴れたもので、ものの数分もしないうちにチェックも含めて完了させてしまう。
装鞍所の壁に掛けていたリードを外して、フッ、と名雪は気合を入れてからタイフーンに騎乗。
カツカツと蹄鉄がコンクリート状の通路を打ち鳴らしながら、タイフーンは闊歩しながら、名雪に導かれながら調教コースに向かう。
調教コースに到着すると、既に5頭の1歳馬が調教コース内で集団のまま1箇所に固まっていた。
「じゃあ、今日は左回りで5週しようか……ラスト1周はギャロップで追うから、ラスト1週のタイム計測は宜しく」
「了解です」
従業員の返事が聞こえたのを確認すると、名雪はタイフーンの進路を左回りに向けてからキャンターで走らす。
5頭の1歳馬はタイフーンが走ってくる方向とは逆に走り出して、集団になっていたのが少しずつバラけてきた。
タイフーンが後ろから追いかけているので、1歳馬は抜かれないように追いつかれないようにウッドチップの上を駆けている。
そして、あっという間に残り周回は減っていく。
残り1周。
ここから、従業員は1歳馬がゴール部分を通過した順にストップウォッチを起動させて、タイフーンを除く1歳馬の頭数分だけのタイムを取り始める。
1周1000mしかないので直ぐにゴールしてしまう場合があるのだが、1歳馬にとっては5000mも駆けるスタミナを維持するのは難しい。
だからこそ、最後の1週で平均タイム――1:00.0よりも早ければ、その馬のスタミナは上々となる。
最後にタイフーンはキャンターからギャロップに変えて、勢い良く駆け出す。
だが、1頭も抜かない状況で走るように名雪がキチンと手綱を押さえ込んでいるので、ちょっと窮屈な格好で走っている。
そして、1頭ずつゴールして最後にタイフーンがわざと遅れた格好でゴールイン。
「良し、と。今日の調教はこれでお仕舞いと……タイムはどうだった?」
「エレメントアローの95が出した1:00.2が本日最も早いタイムですね」
「次がワイルドローズの95のタイム――1:02.5ですから、まずまずなタイムだと思います」
「んー、それなりには走っているかな……もうちょっと速くなると思ったけど、この馬場だと少し遅くなっても仕方ないか」
名雪が言う通り、本日の馬場はウッドチップが水分を含んでしまった為、稍重と言わざるを得ない状況だった。
なので、普段よりも疲労が溜まりやすい状況の中でエレメントアローが出したタイムは優秀と言えるもの。
そして、調教が終わったので名雪と従業員は洗い場まで各馬を連れて、泥で汚れた馬体を綺麗にしてから厩舎に戻した。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。