レッドミラージュの敗戦は単純に仕掛けようとした時に外から被らされたため、仕掛けるテンポが遅れて、外から伸びた相手を捕らえる事が出来なかった。
ただそれだけの理由だが、Kanonファーム96年度初出走の結果は2着からとなったので、微妙な空気が漂ってしまう。
蓋さえされなければ勝てる可能性はあったのだが、勝ち馬の騎手が上手い具合にレッドミラージュの進路を妨害にならない程度で封じ込めたのが差に出た。
もう1回、同コース同メンバーでやれば勝てる可能性はあるだろうし、悲観するほど結果が悪い訳でもない。
「これは相手騎手の方が腕前は上手かったと言えるね」
「そうね。こちらの仕掛けるタイミングが遅かったのが敗因かしら……そうなると騎手の責任となり得るかしら」
「まぁ……乗り換えする程、酷い騎乗じゃなかったからな。次走では期待したい所だな」
ふむ、と秋名は手を軽く顎に当てつつ、リプレイで放送されているTV画面を深く見直す。
そのレースリプレイはレッドミラージュが敗れた事が事実となって残る物で、はっきりと言えば二度と見たくも無い代物だろう。
何度見直しても、最終コーナーの直後で進路を蓋されたレッドミラージュの姿が映っており、秋子は溜息を吐くしかなかった。
「はぁ……96年度の初出走が2着からだと悔しいですね」
「次に出走するのが決定している馬がいるなら、その馬に頑張ってもらった方が良いな」
次に出走する予定の馬は3歳馬だけでも、ファントムロードとアイシクルランスが控えている状況。
どちらも500万下と未勝利戦から勝ちあがっていくのが目標なので、クラシック路線に乗せるとは明言し難い。
トントン拍子で3連勝――未勝利、500万下、OP戦と連勝しても疲労が溜まってしまうだろうし、今から皐月賞を目指すのは到底不可能に近い。
そうなるとダービーが目標になるが、そこまでの実力があるかは不明。
「今年の3歳馬はクラシック路線に乗るでしょうかね?」
「去年はイチゴサンデーが乗ってくれたけど、今年は2匹目のドジョウを期待するのは厳しいと思う」
そうですよね、と秋子はコクリと頷きつつ、小さく吐息を吐き出してしまう。
毎年、クラシックに生産馬を送り出せるくらいの生産を重ねるのは非常に難しく、そこが中小牧場と大手牧場の違いと言える。
そこまでたどり着かなくては、簡単にダービー制覇と言う偉業を達成する事は不可能なのだから。
「2年連続でクラシック路線に乗せてからが、大手牧場と自負しても良さそうですね」
「そうなると先はかなり長そうだな」
と、秋名は気が長くなりそうな事を想像したのか、げんなりとした表情になってしまった。
長期間放牧されていたダンシングウイナーの帰厩がようやく行われ、育成牧場から馬運車に揺られて戻っていく。
実質的に7ヶ月間の放牧だったが、その成果は十分と目を見張るもので馬体重は50kg以上増加し、馬体の幅も一回り大きくなっている。
ひょろひょろ――キュウリに割り箸を刺した様な馬体だったのが、ここまで変わるものとは誰もが思わなかった事だろう。
まるで別馬と言っても良いくらいで、長期放牧を推奨した調教師も驚くくらいの変わりよう。
「これなら4月か5月頃には使えるようになるみたい」
秋子は調教師に聞いた事を口にして、ソファーに座っている名雪に伝える。
ここまで馬体重が増加していると一気に絞るのは無理があり、しかも冬場である現在では汗が出難いので、ジックリと調教するしかなかった。
急激に運動させるとここまでの苦労が水の泡に戻ってしまう可能性もあるのだから、4月から5月頃が最も復帰しやすい時期。
「500万下からのやり直しになるけど、随分と遠回りだったね」
「まぁ7ヶ月近くも放牧していたんだから、遠回りになるのは仕方ないわね。後は最短距離でOPクラスまで上ってくれると最高ね」
秋子の言う最短距離とは一気にOP戦も含めて4連勝しなくてはならないので、非常に難しい課題とも言える。
実力がある馬ならば、あっさりと達成可能だがダンシングウイナーの成績はまだ5戦2勝と底が知れない。
ここから、どのように駆け上がっていくかで秋に重賞路線に乗れるかが掛かっているのだから。
「復帰戦は楽しみに待っていた方が良さそうだね」
「たった4ヶ月近く待つだし、出走時は楽しみね」
心底、ダンシングウイナーの出走が楽しみの様で秋子は笑みを浮かべており、名雪も釣られるように笑みを浮かべている。
それだけ、Kanonファームの生産馬の中で現状では最も芝路線向きの馬なので、2人にとってはレースが待ち遠しい訳である。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。