Kanonファームは一時の賑やかがひっそりとなり潜めた代わりに、現1歳馬の調教が盛んに行われている。

     祐一は数少ない休暇――3日を楽しんだ後に地方競馬育成センターにてんてこ舞いで戻って行った。

     祐一に刺激されたのか名雪は気迫のある騎乗――攻める様な格好でタイフーンに騎乗しながら、1歳馬を後ろから追いかけている。

     刺激されたのはちょっとしたレースで名雪が負けたからで、その時の祐一は騎乗レベルが一目で分かるくらい上達していた。

     結果の方は鞭を1回も使わないで手綱で追うのみで、名雪が騎乗したタイフーンを首差押さえ込んだのだから。

     それが名雪に火を付けた理由であり、この影響で名雪が行う調教密度が非常に濃くなったので、秋子にとっては上手い具合に動いた感覚だろう。

 

    「名雪が張り切って乗る様になったので、これからが期待出来ますね」
    「上手く誘導した人物が良く言うよ。まぁ、名雪ちゃんは気づいていると思うけどな」

 

     そうでしょうね、と秋子は口先で指を軽く組みながら、秋名の問いを肯定する。

 

    「どっちに転んでも損はしなかったですし、結果的には良い方に転んでくれたので煽った意味がありましたよ」
    「その言い方だと悪人の台詞っぽく聞こえるんだが」

 

     むう、と秋子は秋名の言葉が気に障ったのか眉間にしわを寄せてしまうが、煽った自分も問題あったと思ったようで、吐息を吐くだけで留まる。

     それ以降、秋名はこの事を冷やかす事も無く、リビングの窓から見える調教コースで名雪はタイフーンに騎乗して1歳馬を後ろから追いかけている。

     1歳馬は後ろから追いかけられているので心肺機能が良くなりやすく、競り合う事も学んでいく事だろう。

     時にはタイフーンを前方で走らせて1歳馬に追いかけさせる事もあるが、本日は追いかけられている状況。

 

    「やはり、前よりも上手く騎乗していますね」
    「そうだな。さそう相手――祐一が名雪ちゃんに3日間の休日だけの中で騎手の乗り方を見せ付けたからな。そりゃあ、学ぶだろうな」

 

     今までは自己流に過ぎなかったが、名雪は祐一から騎乗方法を教わるとメキメキと頭角を現していく。

     名雪は騎手じゃないので騎乗方法は自己流でも問題無いが、今までよりも背中のブレが無くなり安定した格好で騎乗している。

     こうした行為は、2歳馬をKanonファームで育成する時が必要になった時に役立つスキルには違いない。

     そして、何よりも名雪の騎乗時の表情は凛々しい顔になっており、普段との差を知らない人ならば、ギャップの差に驚くだろう。

     感傷深い表情で名雪の動きを追いかけているのは秋子であり、亡くなった祐馬の顔が名雪と重なったのかもしれない。

 

    「大分、名雪は祐馬さんに似てきましたね……」

 

     と、秋子は一人ごちているが、秋名は聞こえなかったのか秋子の心情が分かっていたのか一切口を挟む事は無かった。

 

 

     さて、本日の競馬がkanonファーム生産馬の96年度初の出走となり、ここでの結果が今年の明暗を決定付けるだろう。

     出走する馬は今年3歳になったレッドミラージュで、距離1400mの京都ダート戦。

     前走のダート未勝利戦で東京1600m戦を楽勝した実績を買われたのか、現在は1番人気に支持されている状況。

     とは言え、圧倒的な人気ではなく、前走の500万下で2着になった馬が追従している。

 

    「さて、どうなるかな?」
    「結構上位になりそうな気がするわ」
    「3ヶ月振りだもんな。1番人気とは言え、この点がネックの様でオッズも4.2倍だからな」

 

     秋子と名雪は手にコーヒーカップを持ちながら、ソファーに身を寄せないで傍で佇んだまま、TV画面に注視している。

     秋名は腕を軽く組んだままソファーに座っており、秋子と名雪とは対照的な格好。

     そして、ゲートが開いてスタートが切られる。

     レッドミラージュはまずまずのスタートを切って、5〜6番手辺りに位置づけて、先頭争いを伺う。

     逃げ馬同士が先頭争いを演じているため、展開は早いペースで時計が刻まれていく。

     1400m戦なので、基本的にタイムは早くなりやすいので今回は絶好のチャンスと言えるだろう。

     そして、1頭の逃げ馬は騎手の意思で下げたようで、これでペースが落ちると言えばそう単純なものではなく、簡単にペースを落とすと逃げ馬も厳しい。

     そうなると一番怖いのは、後方に位置している馬か或いは中団から脚を伸ばす馬。

     さて、レッドミラージュはどちらかと言うと後者になる位置取りで、前のペースに当てられてしまった状況。

     その状況で直線に入っても行き脚が鈍る可能性もあるので、騎手は手綱をがっちりと握ったまま脚を溜めさせている。

     そして、直線に入ると中団に位置していた差し馬が外から一気に進出し、レッドミラージュの進路が手狭になってしまう。

     外に位置して、レッドミラージュの前には4〜5頭が居たので、外から被せられてしまうと厳しい状況。

     そのためワンテンポ遅れた格好で外に出して必死に追い込むが、僅かに届かず2着に敗れてしまった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。