駆ける馬　３１０話

　　　　　ヤマトノミオの敗北は初のＧⅠ挑戦にしては十分な結果だと思われるが、逃げずに先行策だったら、勝ちもあったと言われてしまっている。

　　　　　それ程絶好のスタートを切ってしまった訳で、下げれば逆に走る気配をなくしてしまう可能性もあったのだから、秋子は騎手を責める事はしない。

　　　　　逆に積極的なレースを演出した事を評価し、来年もヤマトノミオの主戦を務めるようにと申し出たくらい。

　　　　　逃げた事でヤマトノミオの脚質が差しの一辺倒ではない事を証明し、これによって作戦の幅が非常に広まったのは確かなのだから。

　　　　　しかし、この後使える重賞レースは１月に開催されるガーネットＳしか無いので、短期放牧から狙う事になる。

　　　　　ダート短距離重賞の数は非常に少ないので、距離適正外の１４００ｍ戦を使うのは憚れてしまう。

　　　　「もっとダート短距離重賞の数が増えれば、ローテーションに悩まなくて済むんですけどね」
　　　　「ダート重賞の整備が遅かったから、そのうち増大してくれると良いんだがな」
　　　　「いっそうの事、アメリカに長期遠征させてみますか？」

　　　　　秋子は名案を思い付いた様にサラッと長期遠征の案を出すが、さすがに冗談だったらしく、笑みを浮かべながらチラリと程よく赤くて小さい舌を出す。

　　　　　長期遠征は簡単な様に思えて非常に難しい事実があり、馬の体調や水と飼い葉、人員の手配などetc。

　　　　　それらが上手く噛み合っていないと馬は体調を崩して、人員は慣れない海外で長期で暮らす事でプレッシャーなどが生まれてくるのが事実。

　　　　　今年、ナリタブライアンとダンスパートナーが長期遠征でステップレースの結果を出したのは喜ばしい事実だが、本番ではまったく歯が立たなかった。

　　　　　ダンスパートナーの方は他馬にマークされた挙句に壁になる程の勢囲まれての惨敗だった。

　　　　　そして、凱旋門賞に出走したナリタブライアンだが馬体の張りは素晴らしい出来だったが、ナリタブライアンの正攻法――差しで挑んだにも関わらず惨敗。

　　　　　その調教師曰く、フォア賞を勝利した事でプレッシャーが日増しに増えた事で馬を仕上げ過ぎたらしい。

　　　　　即ち、まだまだ日本競馬は長期遠征を行うノウハウが未熟に過ぎないのだから、簡単に長期遠征を敢行するのは難しい。

　　　　　なので、秋子が吐いた言葉の冗談としては、場の空気を白けさせるに十分ものだった。

　　　　「今は長期遠征のノウハウが無いに等しいから、その案は冗談でもさすがに無謀過ぎるぞ」
　　　　「……やっぱり、そう思いますか」

　　　　　秋名は深く頷いて秋子の案をはっきりと否定してしまうくらい、長期遠征は不可能だと思っている節が。

　　　　　今は無理でも数年後には長期遠征のノウハウが出来上がっているかもしれないので、秋名は全否定をしている訳でも無かった。

　　　　　そして、今週の競馬はエリザベス女王杯が京都競馬場で開催される。

　　　　　Kanonファームの出走馬はイチゴサンデーだが、前走の秋華賞での惨敗が未だに尾に引いており完調には程遠い状況。

　　　　　海外遠征後の放牧が充分では無かった可能性もあり、下手に今回は期待出来ない状況である。

　　　　　もう１頭はホワイトウインドが土曜日京都で開催される１６００万下のダート競走――花園Ｓに出走。

　　　　　前走は格上挑戦ながら最後に伸びて３着に食い込んでいるので、今回はイチゴサンデーよりも期待されている。

　　　　　とは言え、初の１８００ｍ戦なのでどこまでやれるかは未知数で２走前の安達太良Ｓ――１７００ｍで４着になったのが参考になる位。

　　　　　なので、今週の競馬はKanonファームにとっては２頭とも惨敗する可能性を頭に入れておかなければならない。

　　　　「今週は勝ってほしいなー」
　　　　「まだ下半期になってからルビーロウを除いて３勝しかしていないからな」
　　　　「ちょっと厳しい状況ですから、どちらかを勝利してくれれば赤字が少しだけプラスに持ち直せるんですけどね」

　　　　　秋子は親指と人差し指の指先で小さく円を作りつつ、指先の間に隙間を開けて、ほんの少しを示す。

　　　　　それで意図が分かった２人は大きくため息を吐いてしまい、今の状況がギリギリに成り立っているのが分かったようだ。

　　　　　そして、ホワイトウインドが出走する花園Ｓが開始される。

　　　　　ホワイトウインドは１番人気に支持されているが、２番人気の馬との差がまったく無いので実力は均衡していると思われているようだ。

　　　　　スタートするとホワイトウインドは７～８番手辺りの中団に位置を付けて、砂を被りながら先頭を駆けている馬を視界に納めている。

　　　　　縦長の展開――ハイペースでレースは進んでいる状況で、ホワイトウインドには申し分が無い展開。

　　　　　直線に入ると敵は居ないと言わんばかりに加速して、先頭を駆けている逃げ馬をあっさりと捕らえて１馬身の差で勝利を飾った。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。