祐一は秋名に連れられて乗馬をしにクラブへやって来たが、いつもと光景が違うので祐一は目を擦る。
風景が変わっている訳でもなく、見慣れた風景なのは間違いない。
ただ、違うのは秋名が連れてきた馬の事だ。
優雅そうに佇んでいる方が似合う馬――サラブレットを秋名が曳いているのだ。
サラブレットの毛色は太陽光で輝いており、より優雅さを祐一に見せ付けている。
栗色馬体に黄褐色のタテガミ。
そして、額には小さな星がちょこんと白い毛によって、くっきりと浮かびあがっている。
そして、透き通るような優しげな目をしており、祐一を覗くようにジッと見ている。
「凄いね」
そっと手を伸ばしてサラブレットに触ろうとするが、体格差がありすぎて脚の付け根ぐらいしか届かない。
秋名は手綱を持っているので、クラブの人に抱っこしてもらって祐一はサラブレットの額を撫でる。
なんとも言えない毛質だが、温かさは祐一の掌越しに伝わってきた。
ポニーと比べて体長がまったく比べ物にならないので、祐一は騎乗するのに手を貸してもらっているとは言え一苦労。
苦労して乗馬すると視線の高さが格段に上がったのを実感する祐一。
秋名より高く、手を伸ばせば空に一歩近づいた感覚が祐一の心を支配した。
「どうだ?」
「本当に凄いよ!!」
感嘆な声と言うより、大声で喋るがサラブレットに刺激を与えてしまったので秋名は少しばかり語気を強めて説教する。
説教が終わると祐一は顔はをしかめており、早く動かせろと言いたげな表情を秋名に向ける。
サラブレットもその場に立ち止まったままなので、少しイラついているようだ。
秋名は1人と1頭に早くしろと言われている気がしたので、分かった分かった、と言いながら手綱を曳いて歩く。
コースはいつもと同じなのだが、今日は騎乗しているのがサラブレットでありポニーではない。
なので、今日は秋名が曳いてサラブレットの背中を慣らそうとさせる。
祐一も始めから、これだけ大きい馬――サラブレットを自分で動かせるとは思っていないようだ。
なので、文句を言わずにただサラブレットの大きさに圧倒されつつ、至福な表情で乗り続けていた。
そして、コースを5週周った所で秋名はサラブレットを止める。
秋名は終わりの時間だと言うが祐一は駄々こねるしかなく、秋名は溜息を吐くしかなかった。
このままサラブレットの背に乗ったまま駄々をこねられても困るので、秋名は約束を取り付ける。
その条件は毎日キチンと牧場の手伝いをすれば、週に1回はサラブレットに乗れるという条件。
「……やるよ、牧場の手伝いを」
「じゃあ、それで決定だな」
こうして、祐一は牧場業務を手伝えば、サラブレットに乗れる権利を獲得した。
祐一は素直に背中から降りて、最後に背伸びをして指先だけサラブレットの鼻面を触れる。
最後に祐一はサラブレットに向かってバイバイと手を大きく振り、秋名は厩舎に連れて行った。
牧場に戻ると、さっそく名雪と牧場の手伝いをする祐一の姿が見受けられ、秋子は一瞬だけ驚愕な表情をしてしまった。
すぐさま、秋子の眼は微笑んで祐一をまっすぐ見据える。
「姉さんの事だから、乗馬の条件を餌で手伝わせるのでしょう?」
「分かるか」
秋子は箒で地面をパッパと掃きながら、秋名に語りかける。
キチンと手伝うようになったぞ、と言いつつ秋名の表情は結果オーライだと言いたげである。
名雪は祐一がサラブレットに騎乗した事を話してくるので、相槌をしながら放牧地のボロ拾いを行う。
「羨ましいな」
名雪はポロリと本音を洩らすが、祐一には聞こえなかったらしく首を傾げており、秋子達とは距離があるので絶対に聞こえない。
名雪だって騎乗してみたいが、秋子の許しが一回も出た事が無いので、祐一を羨ましがるのも当たり前。
「どんな風だった?」
名雪は少し離れてボロ拾いの作業をしている祐一に乗り心地を聞くため、声をいつもより高くして言う。
一瞬だけ、祐一は何の事を指しているか分からなかったようだが、んー、と考えながら質問に答える。
空に手が届きそうだ、と祐一は名雪に聞こえるように大声で言い切った。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:特に無し。