冷たい空気が北海道全域を覆うように吹雪いて、冬の到来を告げる雪がチラチラと降り続く。
普段なら緑色に茂っている牧草はすっかりと雪に覆われて、辺り一面が真っ白に染まっている。
幻想的に降り続ける雪の中で何頭ものサラブレットが地面に積もっている雪を蹴り上げ、粉塵になった雪を浴びながら放牧地を駆け巡る。
それは今年の春に誕生した0歳馬だが躍動感のある動きを披露して、各馬が集団で先頭争いを勤しんでいた。
その中で一際目立つのは黒毛の馬で、牝馬ながらずっと先頭を走りぬいており、強靭な体力を誇るのが分かる。
後に続くのは大流星鼻梁鼻大白の特徴的な顔を持つ鹿毛の馬が、必死に追いかけて牝馬と競り合う。
「早いもんだね……来年はもう育成牧場に預けないといけないし」
「デビューに向けての調教中の1歳馬も来年の7月になれば、競馬の中に放り込まれるからな。1年が経つのが早く感じる」
秋名と名雪はしっかりと寒さを防護するために、派手で暖かそうなジャンパーを羽織りつつ、0歳馬の様子を柵越しで眺めている。
時折、手袋越しに手を擦り合わせて冷え切ってしまった手を温めていたりするが、2人は決してその場から動こうとしない。
馬を厩舎に戻す時間が近いので他の事をして時間を潰す程の事ではなく、待っていた方が単純に効率の良い所がある。
「ねえ、秋名さん。ちょっと賭けしない?」
「それは良いが何の賭けをするんだ? 規模が大きいのは流石に無理だぞ」
秋名が軽く空を見上げるとチラチラと降り続ける雪に加わって、既に空は暗くなりかかっていた。
名雪は手間は掛からないよ、と自信満々で答えており単純で直ぐに終了を出来る賭けを思いついたようだ。
「今、丁度0歳馬が走っているから厩舎に戻す前の1分間で、どの馬がトップで終えるか賭けない?」
「賭けの内容次第で乗っても良いぞ」
「今日の夜飼いの担当を賭けるのはどう? お金を賭ける程では無いし」
「ふむ……姪を負かすのも一興だし受け立つか。じゃあ、私から選んで良いな?」
名雪から承認を取ると、秋名は放牧地を駆けている5頭の中からサッと選択する。
秋名が選択したのはワイルドローズの95――現在は3番手を走っており、前の2頭を必死に追い掛けている。
そして、名雪が選んだのは現在、先頭を走り続けているエレメントアローの95。
名雪は手堅く選択したに対して、秋名はギャンブラーらしく、到底勝利が厳しそうな馬を選択してしまう。
そして、名雪は自身の腕に着けていた時計をストップウォッチモードに変更し、勝負が開始される。
1分間の短い時間で決着が付くので、1頭1頭の挙動から目を離す事は出来ない。
あっという間に時間は30秒が経って、残り30秒で賭けの結果がはっきりとする。
そして、結果は名雪が指名したエレメントアローの95が逃げ切って、秋名が指名したワイルドローズの95はギリギリ2着争いになっていた。
「じゃあ、賭けの内容通りに今日の夜飼いは秋名さんが担当と」
「……くっ、賭けの内容に同意したのは私だからな。夜飼いはちゃんと行うか」
秋名は見るからにガックリと肩を落としており、夜飼いを与える際の寒さにウンザリしているのだろう。
そんな秋名にお構いなく名雪は放牧地の入り口を開けて、周辺に響くように指笛を吹き、各馬もそれに気づいたのかゆっくりと走るのを止めていく。
各馬はピッタリと立ち止まると、名雪と秋名が近づいてくるのを待つ。
そして、頭絡にリードをセットして先に4頭だけを連れて行く。
5頭も連れて歩くと突然の事故で馬が暴走してしまう事があり得るので、最後の1頭だけは後回しされる。
「残りは1頭だけ、と」
「繁殖牝馬と功労馬は1頭だけ連れて行けば、他の馬はキチンと付いて来るからな。その点だけは楽で助かる」
ボスの座を勤める現在の馬はフラワーロックで馬社会は基本的に集団生活であり、他の繁殖牝馬はトップの後を歩くので習性を利用したのみ。
「どの馬も馬体に異常無し、と。うちの馬は丈夫なのが多くて助かるなー」
名雪は馬房の閂の横に掛けられているボードにチェックを入れつつ、馬体に異常が無いかジッと見ていた。
放牧中に怪我する事もあり得るので、こうしたチェックは毎日丹念に行われている。
「さて……後は夜飼いのみか」
「秋名さん。ふぁいとだよ」
珍しく気の抜けるような名雪の応援を聞いた秋名は情けない表情で、大きくため息を吐いてしまった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。