澄んだような青い空は薄い鱗雲が覆い尽して、風でゆらゆらと流されている。

     そして、涼しく心地よい風が黄色や赤色に染まった木々の葉が空に舞って、幻想的な雰囲気を作り上げる。

     大地では茂るほど生えているススキの穂が風に揺られているが、しっかりと地面に根付いていた。

     その周りには儀式である仔別れが済んだ仔馬が広々とした放牧地を駆けて、嘶いて母馬から別れた事を気で紛らわす。

     この儀式――仔別れが済ます事が競走馬としての第1歩を踏み出す事なので、どこの牧場も心を鬼にして行う。

     季節は10月。

     北海道の日高地区などの牧場が設立されている地区では、冬支度の為に牧草刈りを行う時期。

     生産馬の栄養源である牧草の刈り入れ時期の為、好天が3~4日続かないとならないので天候の見極めが難しい。

     そして、この時期は各牧場ではGⅠ戦が行われる時間では一喜一憂の声が聞こえる季節でもあり、自家生産馬がGⅠの舞台に立つのだから当たり前の事。

     今週は95年度下半期で最初のGⅠ――スプリンターズSが開催され、Kanonファームからはストームブレイカーが出走。

     前走の京成杯オータムハンデを勝利した事が評価されつつ、短距離路線の王位が空洞化しているため3番人気に支持されている状況。

     1番人気は高松宮記念を制したビコーペガサスが押し出される格好で支持されているが、復帰戦のセントウルSでは1馬身差で勝利。

     ただ、安田記念は惨敗だったので、その点だけが不安に思われているようだ。

     2番人気のヒシアケボノは前走――京成杯オータムハンデ3着からの参戦で4連勝時の成績が評価されているからだろう。

     珍しく海外からの遠征馬――ソーファクチュアルと言う馬で、ヨーク競馬場で開催されるナンソープS――直線1000mのGⅠを制している短距離馬。

     この馬の馬主はゴドルフィン――ハートレイクと同じ人物が所有しているので、日本競馬に合う適正を持った馬だと考えられている。

     因みにこのレースで引退となっているので、種牡馬価値を高めるために出走したとも言われている。

     そのため、人気は4番人気だが、ストームブレイカーとのオッズ差は殆ど無いに等しく、大口買いをされると逆転されそうな程の僅差。

     こうしたメンバーが揃っている為、下半期初のGⅠとして上々なレースが展開されるだろう。

 

    「このメンバーの中で3番人気なら上々だな」
    「GⅠ馬はビコーペガサスとソーファクチュアルの2頭だけですけどね。けれど、実績面ではそれ程の差は無いと思います」

 

     ビコーペガサスは高松宮記念の他にセントウルSと京成杯が重賞制覇した数で、ソーファクチュアルに至っては15戦7勝の成績だが重賞は2勝のみ。

     そういう観点から秋子はストームブレイカーとの実績面の差が無いとのたまったに過ぎない。

     因みにストームブレイカーの成績は28戦8勝と、勝利数だけはソーファクチュアルと1勝の差しかないので、実績面の差が無いとは言い難い。

 

 

     さて、今週の競馬はスプリンターズSがメイン競走となるが、Kanonファームではもう1頭――ヤマトノミオが出走する東京盃の方も気にしなくてならない。

     東京盃は大井競馬場で開催される中では歴史のある交流重賞で、東京大賞典に次ぐ歴史の長さを誇る。

     ホームの利を生かして大井競馬場所属の馬が良く勝利を挙げており、中央馬の連対率は非常に低い。

     地方のGⅡとは言え、大井と中央以外からの遠征馬も居るためレベルが低いと言う事は無く、群雄割拠の様子を表している。

     さて、出走馬はヤマトノミオ以外の中央馬は京王杯2歳Sでエイシンバーリンを破ったゴーゴーナカヤマが。

     ただ、2歳以降の成績は2戦2敗と惨敗を繰り返しているので、好調のピークはとうに過ぎたと思われている。

     地方馬の中には元中央馬のサクラハイスピードがおり、知るぞ知る人がいる位のマイナーな馬だったが、交流重賞の川崎記念を勝利する程の実績に。

     そのため、1番人気はサクラハイスピードが支持されて、2番人気にはヤマトノミオで1200m戦の成績が評価されている状況だろう。

     3連勝時の好調が維持されているかは不明だが、少なくとも返し馬では覇気のある動きをキビキビと見せ付けていた。

 

    「良さそうな動きだったね」
    「そうね。何も問題が起こらなければ4連勝を飾れそうかしら」

 

     と、ヤマトノミオの評価を2人で下しているとレース開始時間になり、各馬がゲート内に収まっていく。

     そして、スタートが切られる。

     1枠1番に収まったヤマトノミオは良くも悪くも無いスタートを切って、グッと6番手辺りに控えた。

     逆に先行したのはサクラハイスピードで大井競馬場の法則に従って、3番手と好位に付ける。

     大井競馬場の法則とは先行勢が残りやすいと言われる事で、後ろから行った馬にとっては差しにくい馬場。

     つまり、ヤマトノミオには厳しい競馬を強いられているに過ぎず、早めに前を追いかけると脚をなくしてしまう。

 

    「今から動くのも厳しいし、とは言って動かないとサクラハイスピードを捕らえるのは無理があるな」

    「本当に厄介なパターンに入ったからね。抜け出すタイミングを間違えるとズルズルと下がって惨敗してもおかしく無いよ」

 

     そして、3コーナーを過ぎた辺りから徐々にヤマトノミオが進出。

     大井競馬場は地方競馬とは思えない程、直線が長くて今回は外回りのコースを使用されている分、より長い386mもある直線を各馬が駆ける。

     サクラハイスピードが直線に入った途端、一気に脚を伸ばして先頭を走っていた馬を交わし先頭に踊り出る。

     これに釣られるようにヤマトノミオも脚を伸ばすが、初めて走る大井競馬場のダートに戸惑ったのかなかなか伸びない。

     結果、ヤマトノミオは最後の最後で良い脚を繰り出したが、抜け出したサクラハイスピードを捕らえる事は出来ず、大きく離された2着に終わった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ソーファクチュアル……父はマンノウォーの血を引くノウンファクト。
     注2:サクラハイスピード……元中央馬だったが94年に大井に転厩した。