アメリカンオークスのパドックが開始されると、日本競馬のように大量の観客が競馬新聞を所持して馬券検討に入るような素振りが無い。
カメラのフラッシュを焚く観客も居るが、こちらの競馬――海外ではこの様な自体に慣れているので、馬の成熟さが日本とまるで違う。
イチゴサンデーは対策として、レース前のブリンカー装着をハリウッドパーク競馬場から許可を得ているので、音やフラッシュをシャットアウト状況に。
これでシッカリと対策を出来たかと言えば不明だが、何もしないでフラッシュなどに浴びて惨敗するよりはマシなのだから。
ある程度の保護は必要だが日本の様に過保護ではなく、ラフプレイも日常的に行われているのが海外競馬なのだから精神が強い馬では無いと厳しいだろう。
もちろん、騎手の騎乗停止の制裁はあるが、ガシガシと行く競馬がアメリカは多いので、馬体のぶつかり合いなど日常茶飯事。
「落ち着いてはいるのかな? それにしてもやけに小さく見えるのは気のせいかな」
「小さく見えるのは仕方ないわね。初の海外遠征なんだから、これくらいの方が可愛げあるわ」
そんなもんかな、と名雪は秋子の言葉に反応してぼやくが心配そうな表情は晴れない。
実際に海外馬との対戦は初めてで、海外遠征も初めてのおまけ付きで尚且つアウェイでのレースなのだから、小さく見えてしまうのは仕方ない。
これが今までの日本競馬の歴史を如実に語っているので、この壁を乗り越えない限り海外G�祇�覇など、夢のまた夢なのだから。
「何とか、英語のアナウンスは聞き取れるんだけど早口に近いから分かりにくいな。お母さんはしっかりと聞き取れているの?」
「それなりには聞き取れているわよ。今はイチゴサンデーの評価で、やはりサンデーサイレンスである事が一番気になっているみたいよ」
談笑っぽく話をしながら、2人の視線はイチゴサンデーに向けられている。
カリフォルニア州に注ぐ陽光をイチゴサンデーの鬣が尻尾がトモが、光を浴びて反射している。
馬体の張りが良いのが人目で分かるくらい体調は維持しているようで、これで海外馬とある程度の差は縮まっただろう。
だが、体調面が良くても能力の差が大きければ勝てる見込みは低いので、後は走ってみなければ何も分からない。
「さて、人気は6番人気みたいね」
「やっぱり、NHKマイルカップの勝ち馬ではマイナー重賞を勝った馬にしか過ぎないのかなー」
「さぁ、どうかしらね? でもそんな評価は一蹴してもらわないと。舐められたままで終わるのは癪だし、やっぱりここまで来たら勝利を目指さないと」
「……うん、そうだね。日本馬の実力を完膚無きに見せ付けて欲しいね」
と、本馬場入場するイチゴサンデーとライバル馬を見送りながら、秋子と名雪は馬主席に戻って行った。
アメリカ競馬は日本の本馬場入場の様にBGMが流れる事は無く、最も特徴的なのが帯同馬と言うシステムが。
これは馬が入れ込まないように馬が帯同するようになっており、帯同馬に乗る騎乗者は自身の馬を抑えながら競走馬を誘導しなくてはならない。
つまり、騎乗者は高い技術を有していなければならないので馬術があまり広まっていない日本での導入は難しいだろう。
閑話休題。
アメリカンオークスの開始時間は刻々と迫っており、数分もすればKanonファームの初の海外遠征が開始される。
ファンファーレが無いので、日本のようにスタート直前に観客が手拍子するなどは一切無くゲートが切られる。
イチゴサンデーはやや立ち遅れた形でスタートを切ったが、後方からではなく18頭中10番手辺りに位置を付けて、先頭の様子を伺う。
ハリウッドパークの1周距離は1650mしか無い為、小回りタイプに分類されるが、芝コースには3コーナーの前に距離を伸ばすために1本の道が。
なので、計5回のコーナーを回る事になるので位置取りを間違えると外に弾かれたり、内に包まれてしまう。
枠と言う概念が無いので、イチゴサンデーは8番からのスタートで丁度、馬場の中心部分からのスタートが幸いだったようで、最初のコーナーは上手く回る。
一旦、ゴールの前を通過するので観客の声が響く状況だが、どの馬も落ち着いて、第1コーナーに入っていく。
この間に先頭を走っている馬はスッと逃げの体勢を取り、徐々に差を広げ2000mを逃げ切るつもりだろう。
すると、馬群が団子状態だったのが少しずつ縦長に移り変わっていく。
「やはり、アメリカ競馬らしくガシガシと先行を争うね」
「後ろに居る欧州馬の方が怖いわね……仏1000ギニーのマティアラと英オークスのムーンシェルがキッチリと追い込んできそうね」
向こう正面の道中辺りで各馬がそろそろと先行馬を捕らえる為に、上がってきておりここからが正念場。
イチゴサンデーは初の2000m戦となるが、1800m戦を2勝しているからか、まだまだ余裕のある足取りで離されないように食い付いて行く。
そして、残り距離は600m程になり、後ろに控えていたムーンシェルがまくって先頭集団に取り付いた。
イチゴサンデーも遅れないように徐々に位置取りを上げて、現在は6番手で射程圏内に入ったと言えるだろう。
ここからはいつもの様に競り合うと定めた相手に馬体を寄せて、直線で勝負する準備を整える。
イチゴサンデーの騎手が定めた相手はムーンシェルとレトロスペクティヴの2頭でレトロスペクティヴは丁度、イチゴサンデーの真横を駆けている。
残り300m。
日本競馬と同じように英語での絶叫や悲鳴が観客席から響き、各馬一斉に仕掛けられて、先頭の馬を大波で飲み込む様な形で後続馬が襲い掛かる。
ここでイチゴサンデーは馬場の中央を突っ込みつつ、加速させていく。
それに従うようにレトロスペクティヴが馬体を併せて、マッチレースばりにお互いに譲らない。
まるで世代を超えたサンデーサイレンスVSイージーゴアの様に観客を魅力の虜に陥れる。
その後ろからムーンシェルとマティアラが追いかけてくるが、2頭の体力は既に限界の様で伸びが悪い。
残り100m。
一瞬の瞬きで決着が付くほどの接戦を演じている2頭は体力と精神を凌駕し、最早勝つ事しか頭に無いだろう。
騎手も限界を振り絞る様に鞭を手綱を扱き、ゴールを真っ先に駆けようと騎乗している馬に気合を入れる。
そして、お互いに決して譲る事無くゴールイン。
観客席からはサンデーサイレンスVSイージーゴアの熱戦を再び見た事を感動したのか、凄まじい絶叫がハリウッドパーク競馬場を包み込む。
お互いの騎手は全力のギャロップからキャンターに変えて、ゆっくりとコーナー付近まで走らせる。
そして、ハリウッドパーク競馬場を照らす太陽の下で真っ先にド派手なガッツポーズをしたのは白と紫の縦縞模様の勝負服を着込んだ騎手。
即ち、イチゴサンデーが勝利した事を示しており、秋子と名雪は人目に憚らず馬主席で壮大に抱き合った。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
特になし。