駆ける馬　２９４話

　　　　　ハリウッドパーク競馬場。

　　　　　カリフォルニア州にある競馬場で、サンタニアパーク競馬場、デルマー競馬場に次いで歴史を持つ。

　　　　　１９３８年に設立されているが西海岸と東海岸や中央部に比べると、レベルが低いと持て囃されている。

　　　　　西海岸のレベルは東海岸よりも低いが、時折高レベルの馬が誕生して全米最強馬に輝く事があるのだから競馬は侮れない。

　　　　　実際にローカル重賞が多く、ＧⅠもそれなりにあるのだが有名所は７月に開催されるハリウッドゴールドカップハンデくらいである。

　　　　　昔は最高潮の賞金が得られるＧⅠとして有名だったハリウッドゴールドカップハンデは、今や他のＧⅠにお株を奪われてしまって存在感が希薄に。

　　　　　特に西海岸は東海岸と中央部によりも競馬場の数が少なく、その点が大きく遅れていると言わざるを得ない。

　　　　　東海岸と中央部に大レースが集中しているため、西海岸の馬は必然的に遠征する割合が多いのだから。

　　　　　だが、西海岸のレベルは東海岸よりも低いが、時折高レベルの馬が誕生して全米最強馬に輝く事があるのだから競馬は侮れない。

　　　　　さて、ハリウッドパーク競馬場は本日開催されるＧⅠ――アメリカンオークスの為、多くの海外馬が遠征時に宛がわれる出張馬房に。

　　　　　同国同士の馬が居ないイチゴサンデーは帯同馬が居ないので、１頭で寂しく厩舎内で佇んでいる。

　　　　　レース開始前までまだ時間はあり、多数の観客の前にある装鞍所で鞍を着ける事になるので、落ち着かせている状況でもある。

　　　　「ここまで無事に来られましたし、後はレースで１００％……いや、１２０％で限界を凌駕して走ってもらいたいですね」

　　　　　いつもの様にラフな服装ではなく正装の為、秋子の服装は水色のワンピースに裾には丹念のフリルが飾り付けられている。

　　　　　秋子はイチゴサンデーの鼻梁をゆっくりと撫でながら、馬房の横に立つ折坂調教師に向かって願望を述べる。

　　　　　折坂調教師はその言葉に力強く頷いて、秋子の言葉に同意しているので勝ち負けよりも限界を引き出してくれれば良いようだ。

　　　　「水瀬さんが了承してくださらなかったら、出走出来ていませんでしたからここに出走出来たのは必然かもしれませんね」
　　　　「……そうかもしれませんね。わたし自身は回避をしようと思った事は一度も無いんですよ。出否に関して迷った事はありますが」

　　　　　ここまで来れた事を秋子は小さく頭を下げて折坂調教師にお礼を言い、装鞍の時間が迫って来た為、折坂調教師は馬房からイチゴサンデーを出す。

　　　　　カツカツと蹄鉄の音が厩舎内のコンクリート状の通路に響き、折坂調教師は軽く会釈をし

　　　　「では、後程の表彰時にまた会いましょう」

　　　　　ニヤリとケレンミたっぷりの表情で口端を吊り上げて、折坂調教師はイチゴサンデーを秋子が向かう方向とは別方向にある装鞍所に連れて行く。

　　　　「ええ、ではそのはったりが真実になる様に祈っておきますね」

　　　　　秋子は最後に一言投げかけてから、馬主席に向かって行く。

　　　　　手に持っていた鍔が広く花飾りが付けられた純白の帽子を被り直して。

　　　　　馬主席に辿り着くと、秋子はキョロキョロと辺りを見回して一緒に連れて来た名雪の姿を探す。

　　　　　隅の方でソファーに座って、やや疲れた表情を覗かせており、秋子が傍に立っても気付かなかったようだ。

　　　　「どうしたの名雪？」
　　　　「あっ……戻ってきたんだ。ちょっと英語で話しかけられていたから精神的に疲れたよ」

　　　　　この場にいる日本人は秋子と名雪だけなので存在感が際立っているが、他馬主が気になるのは、やはりイチゴサンデーの事だろう。

　　　　　日本競馬は徐々に認知されている状況だが、まだ世界の壁は非常に高く有名なＧⅠはジャパンカップとジャパンカップダート位しかない。

　　　　　安田記念も遠征馬は増加しているが、高額賞金であるジャパンカップに比べると認知度は低い方。

　　　　　なので、イチゴサンデーが勝利したＧⅠ――ＮＨＫマイルカップは外国人にとっては未知の重賞に違いない。

　　　　　だからこそ、唯一の情報源を持つ名雪がこの場にいた事で質問が殺到したのが容易に想像出来てしまう。

　　　　「どの様に勝利したかは口にしていないわね？」
　　　　「当たり前だよ……ライバルに勝ちパターンを教えるなんて愚の骨頂だし。血統だけは教えたけど、後は秘に徹したよ」

　　　　　名雪は人差し指を小さくて形が良くほんのりと赤い唇に触り、“しー”のポーズを取ってニコリと笑みを浮かべる。

　　　　　そして、パドック開始の時間になり、日本の様に入場ＢＧＭが流れないまま各馬が順次、英語のアナウンスで紹介されていく。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。