駆ける馬　２９２話

　　　　　季節は７月になり、重賞馬は北海道で休養を充てられる中でKanonファームの生産馬は殆どが夏休みは無かった。

　　　　　５月頃に休養していた馬ばかりだった為、そこから夏の間に出走させないと秋まで休養期間が大幅に開いてしまうので措置をとる事に。

　　　　　因みに現在、休養しているのはストームブレイカー、ヤマトノミオ、ダンシングウイナーの３頭。

　　　　　ストームブレイカーとヤマトノミオは前走がハンデ戦だったので、疲労困憊と言えるくらい馬体に張りが無かったのでメンテナンス――放牧の必要が。

　　　　　ダンシングウイナーは現在３歳馬で馬体の幅が芳しく無く、５ヶ月の長期放牧で馬体重と筋肉を増加させる目論見がある。

　　　　　放牧期間はストームブレイカーとヤマトノミオだけ、３ヶ月程度の期間で８月頃には入厩し９月の残暑に慣れなければならない。

　　　　　それに比べると、５ヶ月の放牧となるダンシングウイナーは馬体の改善とは言え、キッチリと育成牧場で鍛え直すのだから普段の調教と変わらない事に。

　　　　　ジックリと調整するので、インターバルトレーニング――急走と休憩を２つ取り入れて行う方法で２冠馬タニノムーティエも調整されていた。

　　　　　他には長い距離をジックリとキャンター並みの速さで走らせる事で心肺機能を強化させたりして、普段よりも時間が掛かる調教を行っている。

　　　　　タイムを必要としない地味な調教方法だが、走行量が増加するのでスタミナは良くなり、距離適正の幅も広がる可能性が秘めている。

　　　　「このペースで調教されれば、来年の復帰が楽しみですね」
　　　　「キツイとは思うけど、しっかりと身になって欲しいがな」

　　　　　調教の結果が出るのは来年までお預けだが、現状は種蒔きの期間となるのだから、芽が出るのはもう少し後だろう。

　　　　　絶対に走るようになるとは言えないが、少ない可能性でも新たな方法を取り入れた方が良い。

　　　　「近２走の走りを見る限り切れ味は鋭い方だと思うし、しっかりと走れば重賞で善戦はしそうな気がするけどね」

　　　　　名雪は読んでいた競馬雑誌を一旦閉じてから視線を秋子に移して、自分の考えを述べる。

　　　　　それは根拠の無い発言だが、どこの牧場もこういった想像をして強い馬――ＧⅠ馬の生産を夢見ている。

　　　　　Kanonファームは既に３頭のＧⅠ馬を生産しているとは言え、まだまだ向上心はあるので、こんな所で止まる訳にはいかない。

　　　　「まぁ、来年までダンシングウイナーは出走しないし、今から重賞の事を言っても仕方ないんだけどね」

　　　　　名雪は自分で言った事を苦笑いで濁して、軽く肩を竦めた。

　　　　　さて、夏競馬が開催されるにあたって、１番盛り上がるのは重賞ではなく２歳新馬戦である。

　　　　　来年のダービー候補や重賞候補を探したりするので２歳新馬戦は重要な位置づけで、特にデビュー戦は今後の指針にもなるのだから。

　　　　　特に生産者と牧場にとっては新種牡馬の評価を定めるためと、自家生産馬がどれだけの目安になるかがハッキリと分かるからだ。

　　　　　最近は短距離馬の数も徐々に増加しているせいか、新馬戦の距離が短いのも相まって、圧勝する馬も増えている。

　　　　　そんななか今週の２歳新馬戦にファントムロードが出走する。

　　　　　アレミロード産駒は総じて、中距離から長距離で活躍すると初年度は思われていたが、実際は短距離とダート路線の活躍馬が多かった。

　　　　　そのため、ファントムロードが出走するのは函館芝１２００ｍといきなり短距離戦に出走する事に。

　　　　　さすが、イチゴサンデーの下――半弟として現状の評価が高いせいか、競馬新聞では◎が３つ推されているほど人気になっている。

　　　　　圧倒的な人気とは言えないのは、血統がサンデーサイレンスから一気にダウングレードしたアレミロードが原因だと思われる。

　　　　　アレミロードの種牡馬評価は現状でも中距離から長距離での種牡馬だと思われている事が多いので、この距離では印が推しにくい記者もいるのだろう。

　　　　「デビュー戦で１番人気か……ちょっと心配だな」
　　　　「新馬戦は人気よりも臨戦態勢ですからね。しっかりと調教はこなしていても直前の調教タイムで結果は変わりますからね」

　　　　　運も関係しますが、と秋子は心配事を一言付け加えて、秋名も心配事を１つだけ述べる。

　　　　「ファントムロードの騎手は新馬の教育が上手いのか？」
　　　　「デビュー戦はベテランに任せる、と言う格言通りに上手い人の確保を調教師に頼んでいますよ」
　　　　「そうか。それなら心配事は少なくとも無いに等しいな」

　　　　　新馬戦はレースを学ばせる意味合いが強く、今後のレースを走るのが嫌にならない様に教える方が大事なのだから、ベテランの確保が必要である。

　　　　　ファントムロードは勝利して欲しい思いは勿論もあるが、キチンとレースを覚えてくれれば負けても良いのだから。

　　　　　さて、１０頭の中で１番人気に支持されたファントムロードはわざと馬込みの中でレースを強いられて、直線に入るまで馬群から出られなかった。

　　　　　しかし、馬込みに怯えた様子は殆ど無く、直線に入ると良く伸びたが６着が精一杯。

　　　　　結果的には１番人気を裏切った事になるが、レース後の調教師からの電話によると素直で騎手の命令に従いやすいのでもう少し距離が長い方が良い、と。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。