栞が撮影した秋子とイチゴサンデーのツーショット写真は、綺麗に写真立ての中に収められて、サイドボードの上に飾られている。
その写真は、とてもNHKマイルカップを優勝したイチゴサンデーとは思えないほど、穏やかな表情であった。
普段はレースで猛獣のように他馬を追撃するイチゴサンデーらしさは、殆ど無いので、秋子を信頼しきっている様に見えるし別馬の様な感覚も。
或いは、早く撮影が終われば厩舎に戻って飼い葉が食べられると思っていたのかもしれない。
それはともかく、この写真は秋子にとっては大事な物だろうし、撮影した栞にとっても初めて自らの手で撮影した馬の写真となるのだから、大事にするだろう。
「姉さんも撮ってもらえば良かったのでは?」
「私が写真に写るのがあまり好きじゃない事が分かっていて言うか。それに主役は私じゃないだろ」
秋名はピッと人差し指を秋子に向けており、自分では無く秋子が主役と言う事を示す。
指を指された当の本人は苦笑いを洩らしつつ妙に納得した表情であったが、釘を刺すのを忘れない。
「一応、わたしが馬主ですが、主役は馬の方ですよ」
「そうだな。今のは言い方がちょっと悪かったな」
秋子は軽く溜息を吐いてから、TVのチャンネルを競馬番組に合わせてこれから出走するヤマトノミオとダンシングウイナーのレースを見る為に。
まずは3歳OP特別の葵ステークスからレースが開催される。
メンバーは500万下を勝利したばかりの馬や重賞で一歩足りない馬が出走しているので、出走馬のバラエティーが豊かなレースと予想できる。
その中でダンシングウイナーは7番人気に支持されている状態で、現在のオッズは19.7倍とまずまずの売れ行きを示す。
1番人気はタヤスダビンチ――デイリー杯2歳S2着、京王杯2歳S3着や朝日杯フューチュリティーSで5着になった実績がある。
おそらく、早熟タイプだったようで3歳時の2戦は惨敗のみだが、今回はOP戦なので1番人気に支持されたのだろう。
続く2番人気の馬はトキオクラフティー。
新馬戦と500万下を連勝しダート路線に進むと思われたが、芝を試す意味合いがあったようで、今回が初めての芝レースになる。
この2頭が人気を分け合っている状況だが今回は混戦気味なので、どの馬にもチャンスがあり、ダンシングウイナーにも勝機はある。
「メンバー的にはそれほど強いのが集まっていないから、勝てる可能性はあるな」
「一番怖いのはタヤスダビンチが復調している事ですから、それ以外はまったく差が無いとわたしは思いますね」
そして、レースが開始される時刻になると出走馬は誘導員にリードを曳かれて、ゲート内に収まっていく。
中にはゲートを嫌がった馬が居たので僅かにスタート時間が遅れてしまい、先にゲート内に入った馬がイラつき始める。
狭く圧迫感のあるゲート内に直立していると、どの馬も出遅れる可能性があり、速やかにスタートを切られるのが望ましい。
因みにヤマトノミオが出走する栗東ステークスは本日の京都メインレースとなっており、15時30分辺りに放送される予定だった。
葵ステークスの出走時間が僅か遅れた事で本日はまだ滞る事は無かったが、これでメインレースの出走時間はずれ込んでしまった。
そして、ようやくゲートを嫌がった馬が入って残りの馬が順次に納まって、スタートが切られる。
やはりと言うべきか、出遅れたり立ち遅れた馬が多いので、随分とスタートから波乱なレースになってしまった。
ダンシングウイナーは少しばかり、出遅れた形となってしまい後方からのレースを強いられてしまう。
「うーん、これはちょっと不味いですね」
「煽られた形でゲートから出たからな。脚質は差しが合っているようだし、まだ悲観する時じゃないだろう」
そうですね、と秋子は納得してレース道中を放送しているTVに視線を戻す。
現在のレース道中は団子状態でしっかりと馬群が固まっているので、馬群の中に包まれているダンシングウイナーには厳しい状況。
内に外に持ち出したくても左右にきっちりと他馬がいる状況では、一旦下げなくてはならずリズムを崩す事になるので、このまま行くしかない。
3コーナーでも最終コーナーでも変わらず団子状態で、このままでは行き場が無く脚を余してしまうだろう。
直線に入り、ようやくペースが上がったが最早、後方に居た馬にはスローペースだったため脚を伸ばしても届かない。
結局、スローペースの中でキッチリと他馬に囲まれる事も無く、先行から上手く抜け出した馬が勝利を収めた。
ダンシングウイナーは12頭中9着と、出遅れ、スローペースと囲まれた事が3重に積み重なって大敗してしまった。
因みにヤマトノミオの方はハンデ戦だったので、ギリギリ2着馬に鼻差凌いで3連勝を飾り、秋子は安堵した表情を覗かせていたと記しておく。
戻る ← →
この話で出た簡潔競馬用語
特になし。