駆ける馬　２８８話

　　　　　イチゴサンデーがＮＨＫマイルカップを制してから１週間。

　　　　　現在のイチゴサンデーはKanonファームで２週間の短期放牧中となっており、ＮＨＫマイルカップの激走で減った馬体重を戻し、蓄積させた疲労を癒す為に。

　　　　　だが、２週間の短期放牧とは言え軽めの調整は必要なので、キャンターでウッドチップのコースをゆったりと走らせている状況。

　　　　　1ハロンを１５秒で駆けているので、入厩する頃にはシッカリと馬体重も元に戻って体調も上向きになるだろう。

　　　　　２週間の間でどこまで戻せるかが現在の課題で、アメリカンオークスへの出走選考が選出させるかは分からないが、人事尽くして天命を待つしかない。

　　　　「来週はオークスか……イチゴサンデーは出走しないが、どうなるかが楽しみだ」
　　　　「そうですね。桜花賞を勝利したワンダーパヒュームか２着のダンスパートナーの一騎打ちでしょうし」
　　　　「私はダンスパートナーの方が強いと思うがな。桜花賞は出遅れに近い状況だったからな」
　　　　「やっぱり同じ予想になりますか……ライデンリーダーは距離が長すぎそうですから、あまり過大な評価はし難いですね」

　　　　　まだ、出走馬が確定していないオークスの予想で盛り上がっているが、今週はＧⅠが開催されないので、ＮＨＫマイルカップの余韻が残っている状態。

　　　　　とは言え、今週の競馬には栗東Ｓにヤマトノミオ、葵ステークスにダンシングウイナーが出走する事になっている。

　　　　　葵ステークスは１４００ｍと勝利した距離のレースなので、心配する点は殆どなく、ＯＰクラスの壁に拒まれないかが唯一の課題。

　　　　　ここで敗れたら１０００万下からの再出発となるので、下手すると夏の間は休養に充てず、ローカル競馬巡りとなる可能性が高い。

　　　　　ヤマトノミオは相変わらずダート短距離――ヤマトノミオの適正距離である１２００ｍ戦が少ない事からハンデ戦の栗東Ｓへの出走となっている。

　　　　　本来ならもう少し距離適正が長くても良さそうだが、１４００ｍになると４戦して３戦も着外。

　　　　　１戦だけは５着に粘っているが、それ以降はまったくの見所が無い結果となっている。

　　　　　なので、既に１４００ｍ戦はきっぱりと忘れて１２００ｍのみを集点として使っていく事が決定している。

　　　　「もうちょっと距離適正が長ければ使うレースが増えるんですけどね」
　　　　「突然、距離適正が長くなる訳でもないし、使えるレースの幅が増えれば良いとは思うが、今は１２００ｍのスペシャルリストを目指すしかないだろ」

　　　　　秋子は秋名の言葉を聞いて曖昧に頷いてしまうが、その道を目指すのも悪くないと思ったようで、顔を上げた時には笑みが浮かんでいた。

　　　　　去年まで活躍していた短距離王――サクラバクシンオーのように１２００ｍのスペシャルリストとして活躍するのを願うしかない。

　　　　「後はＧⅠ勝利すれば、１２００ｍの実績は十分になるな」
　　　　「既にガーネットＳは勝利していますからね。ＪＢＣスプリントで勝利してくれれば良いんですけどね」

　　　　　秋に期待だな、と秋名は実にＪＢＣスプリントの開催が楽しみそうな表情――僅かに釣り上った口端がその証拠だった。

　　　　　そして、秋子と秋名はKanonファームの敷地内にある木製のベンチに腰掛けてゆっくりしていると、１人の訪問者がトタトタと秋子の元に向かってきた。

　　　　　その人物は小柄で幼くあどけない表情を浮かべながら、秋子と秋名に挨拶をする。

　　　　「こんにちは」
　　　　「あら、こんにちは。えっと何か用事があるの？栞ちゃん」

　　　　　栞は元気よく頷くと、肩に吊るしていた栞の両手よりも大き目で黒の革を使用したショルダーバッグから、立派な一眼レフのカメラを取り出す。

　　　　　そのカメラを見た秋子と秋名は顔を見合わせつつ、何かを納得したようだ。

　　　　「もしかして、お目当てはイチゴサンデーかしら？」
　　　　「はい、そうです。イチゴサンデーの写真を撮っても良いですか？」

　　　　　うーん、と秋子は少し考えているようで、眉間には小さくしわが刻み込まれていたが、ニコリと笑みを浮かべて栞と向き合う。

　　　　「他ならぬ栞ちゃんの頼みだし断る理由が無いから撮っても良いわよ」
　　　　「ありがとうございます」

　　　　　ペコリと栞はお辞儀をして、イチゴサンデーが放牧されている放牧地に向かおうとするが、放牧地の場所までは知らないようで二人が付いて行く。

　　　　　既に夕日が出ている時刻なので空はオレンジ色に染まっており、数時間もすればドップリと空は星に覆われるだろう。

　　　　　イチゴサンデーの放牧されている場所に辿り着くと、イチゴサンデーは秋子達を気付いた様だが、こちらに近づいて来る事は無くその場に佇んでいる。

　　　　「これじゃあ、埒が明かないですね……ちょっと待っててね」

　　　　　秋子は柵に脚を乗せてから、軽く柵を跨いでイチゴサンデーの元に近づいて行く。

　　　　　秋子が近づくとイチゴサンデーは秋子に馬体を委ねて頭絡を掴ませやすい位置に立ち、秋子が頭絡を掴み歩き出すとイチゴサンデーも合わせて歩く。

　　　　　そして、秋子は栞が写真撮影をし易い様に、イチゴサンデーを柵の傍まで寄せつつ逃げない様にシッカリと頭絡を握りつつ、軽く鼻梁の部分を撫でる。

　　　　「栞ちゃん、お待たせ。……ただし、フラッシュは焚いちゃ駄目よ」
　　　　「はい、分かりました」

　　　　　栞の手には余るサイズの一眼レフのカメラはしっかりとイチゴサンデーと秋子をカメラのフレーム内に収め、シャッターが切られた。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。