キラキラと真新しい優勝カップが陽光を反射させ、黄金の輝きが目を眩ませるほどの存在を見せ付けている。

     この優勝カップはイチゴサンデーがNHKマイルカップを制した時に賜った物であり、ズッシリとした重みが秋子の感覚にも残っている事だろう。

     それほど重賞制覇に比べるとGⅠ制覇は数々の歴史があり、重みがまったく違うので勝利した馬は輝かしい栄光を得ることが出来る。

     たとえ、フロックだとしてもGⅠ勝利した馬は記録と記憶に残るのだから。

 

    「NHKマイルカップの優勝カップは意外と小さいな」

 

     NHKマイルカップ当日はKanonファームで観戦した名雪が、嘗め回すように優勝カップを手に持ちながらジックリと眺め、本音を吐露する。

     優勝カップの中身は僅かに濡れた後が残っており、昨日の夜にホテルで行われたと思われる祝賀会でビールを優勝カップに注いで飲んだのだろう。

     名雪は濡れた部分を人差し指の先で軽く拭き取ってから、その指先を口元に運び艶めかしく指先を舐めてみるが、小さく眉間にしわが寄ってしまった。

     一応、副賞で優勝メダルも賜っているが名雪はそっちの方には興味が無いらしく、イチゴサンデーの馬体に掛けられた優勝レイを見ている。

     優勝レイは赤生地に金糸で文字が編みこまれているので、他のGⅠ優勝レイとは等差が無い。

 

    「これで重賞制覇は11個目か……ここ5年での達成は早いのか遅いのか判断しにくいなー」

 

     名雪はもう一度、優勝カップ全体を眺めてからサイドボードの上に戻す。

     カタンと小さな音を立てて置かれた優勝カップは再び、陽光を浴びて煌く。      そして、制服のケープを軽く解きつつリビングから自室に向かって行った。

 

 

     白いYシャツに色褪せたジーンズというシンプルな出で立ちでリビングに下りてきた名雪は、ソファーに座って話している秋子と秋名の会話に加わる。

 

    「お帰り。イチゴサンデーが優勝して良かったよ」
    「ただいま。そうね、これでアメリカンオークスの出走選考される可能性が出てきたし、本当に優勝して良かったわ」

 

     後はオークスの結果次第で選考されるかの結果がガラリと変わる可能性があるので、予断は許されないだろう。

 

    「で、名雪ちゃんが見た限りではイチゴサンデーの走りはどう思う?」

 

     秋名はソファーの背もたれにだらしなく寄り掛かりながら、名雪にイチゴサンデーの走りを評価してもらう。

     名雪は軽く顎に手を添えつつ、自身の評価を口にしだす。

 

    「そうだね……相変わらず叩き合いになれば強い事が分かったけど、一瞬の切れが足りない様に感じたかな」

 

     評価すべき点と足りない点をサッと名雪は述べて、秋名を納得させる事が出来たのか、評価を聞いた本人は小さく頷いていた。

 

    「そんなもんだよな。もうちょっと瞬発力があれば安心出来るんだが、現状の叩き合いに強いだけだと、離された状態で抜かれると一間で終わりだしな」

 

     毎回叩き合いの状況には持ち込めないので、桜花賞の時のように離されていると、イチゴサンデーには厳しい状況でしかない。

     アメリカンオークスに出走させると、ガンガンと行けるだけ行くアメリカ競馬と、道中は我慢させて直線でヨーイドンの競馬である日本とは違う。

     なので、いくらイチゴサンデーが叩き合い強いと言っても、ある程度の切れ味を持っていないと厳しい戦いを強いられる。

 

    「まぁ、選考されるかは分からないけど、今後の事を考えると短所を補った方が良いかもね」
    「うちで調整するならタイフーンの後ろから追いかける調教をさせれば、一瞬の切れを伸ばせるかもしれないな」

 

     こっちに放牧されるかは知らないが、と秋名は無責任な発言をしてしまうが、誰も気にした様子は無い。

     今後のローテーション次第ね、と秋子が秋名の発言をフォローするように口にした。

 

 

     現状に行う厩舎仕事を1つ1つ終わらせて、名雪が家に戻るといつもと違った雰囲気がリビングを包み込んでいる。

     それは単純に祝賀会を行うためであり、普段よりも豪勢――普段の食材を丹念に使った料理をテーブル一杯に乗せられていく秋子の手料理。

     そして、数分後。

     2人の従業員を含め、ささやかな祝賀会が行われる。

 

    「では、イチゴサンデーの勝利を祝って乾杯」

 

     全員が並々と飲み物が注がれたコップを掲げて、秋子の乾杯の言葉で祝賀会が始まる。

     テーブルの上に並べられた料理は彩りを感じられる作りで、豪華さも感じられるが基本的には素朴な料理である。

     牧場経済を思うと高級な食材を多数使用するのは無理なので、秋子の手腕で全ての料理が一級品に生まれ変わっている。

 

    「相変わらず、料理の腕も天才的だな」
    「ふふ、ありがとうございます」

 

     にこやかに料理を食べている秋名、名雪と従業員に秋子は笑みを浮かべつつ、自身もゆっくりと料理を口に運んだ。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。