都大路Sの結果が電光掲示板に表示され、1番人気だったストームブレイカーが敗れた事で万馬券が演出されてしまった。
3連単の配当は100万近くとなり歴代配当には遠く及ばないが、100万の配当は万馬券と言っても差し支えない。
京都メインレースの配当がこれなのだから、NHKマイルカップも荒れるという観客の心理でオッズの変動が激しく上下する。
レース直前には更に動きがありそうなので、現状では見守るしか出来ないだろう。
「パドックでの評価はまずまずだったし、本当に今回の結果は分からんな」
「イチゴサンデーは−4kgで仕上がりは良さそうでしたけど、他馬とは五十歩百歩かもしれないですね」
本命馬が居ない分、体調が抜き出ている馬が勝利する可能性があったが、それすらも混戦気味な評価になってしまっている。
なので、オッズの変動が大きく上下しイチゴサンデーも4番人気まで押し上げられてしまう。
「混戦の時は上がり馬や距離適正外の重賞を勝っている馬が人気になったりするからな……こういう時だけは1番人気は勘弁してもらいたい」
「そうですね。さっきの都大路Sでストームブレイカーが1番人気で敗れた事ですし、今だけは1番人気になって欲しくないですね」
秋子の心理的な状況は秋名も分かっているのか、コクリと小さく頷いてから電光掲示板でオッズが変動するのを見据えている。
後数分もすればレースは開始されるが、未だにオッズは株の売買の様に激しい変動を続けていた。
レース開始時間になり、各馬が誘導員にリードを曳かれてゲート内に奇数番号から順次に納まっていく。
その間に東京競馬場特有の合唱隊による生演奏のファンファーレが流れ、毎度お馴染みの光景――観客が演奏に合わせて丸めた競馬新聞で手拍子中。
イチゴサンデーは6枠11番からのスタートとなり、東京競馬場開幕から3週目なので外からのスタートは荒れていない芝の部分を走る分マシだろう。
まだボロボロの状態ではないが少しずつ芝は傷んでいくので、やや外枠の方が有利にレース展開が運べると思われる。
「最後に8枠18番のメイショウテゾロがゲートに入りまして、3歳マイラーを決定するNHKカップのスタートが今切られました」
「各馬出遅れる事も無く、スムーズなスタートを切ったエイシンバーリンが先頭を奪います」
先頭を奪ったエイシンバーリンは毎度お馴染みの逃げでじんわりと差を広げ、桜花賞の様に直線で垂れない様にゆっくりとペースを刻む。
前走の様に同質の逃げ馬――ワンダーパヒュームが居ない分、単騎で走れるのが幸いしているようで、2番手以降の馬は仕掛け所を見極める必要が。
イチゴサンデーは馬場の中央付近から、自身よりも外寄りに居た馬から横に押し込まれるような形になり、馬込みの中に入っている。
囲まれた格好になっているが、直線に入るまでには進路が開く可能性は高いので、如何に入れ込まないようにして走らすかで結果は変わるだろう。
「先頭のエイシンバーリンから最後方のメイショウテゾロまで、およそ15馬身といった所。600mの時点でタイムは35.9と平均ペースです」
「さぁ、ここからどのようなレース展開になるのか?」
各馬はまだ距離が1000mも残っているレースを如何に抜け出すかを、騎手の指示と意思が手綱を通して伝わっているようで、ジッと堪えているようだ。
残りは3コーナーと4コーナー、そして難解の525mもある直線と高低差が約2mある坂を越えなくてはならない。
ここはジッと我慢をする時であり、ここから仕掛けて勝てるほど競馬は甘くないのだから。
だが、最後方に位置していたメイショウテゾロが徐々に動き出して、スルスルと差を詰めてきている。
中団よりもやや前に位置しているナリタキングオーはシェイクハンドをマークするように動いており、更に後ろからイチゴサンデーが眺めている状況。
「ここでエイシンバーリンが更に差を広げ、一気にレースが動き出しました」
徐々にだが差を広げて、東京競馬場の直線を乗り切ろうと考えているようだが、2番手を走っていた馬が上がっていくので、急激にペースが速くなる。
「後は競り合いの状況に持ち込んで、イチゴサンデーが伸びれば良いんですが」
「横に居る馬と競り合って、その後にナリタキングオーと併せてしまえば伸びるとは思うが」
イチゴサンデーの騎手はまだまだジッと我慢をさせている状況であり、馬込みの中で窮屈そうな格好になっているが、弓矢の様に後は直線で放つだけ。
「さぁ、残り600m!! 3歳最強マイラーに輝くのはどの馬だ!?」
ここでメイショウテゾロが大外からまくり気味に上がって、18番手から12番手に。
そのまま更に上がってくると思われたが、一旦息を入れるようだ。
その間に先頭を走っているエイシンバーリンは付いて来ている2番手の馬が執拗に食らい付いているので、ここまで来て下げることは不可能に。
逃げ馬の宿命は他馬に追いかけられたり、抜かれたりすると脆いのでエイシンバーリンはトコトン逃げるしか手段は残されていない。
直線に入ったことで観客の絶叫が東京競馬場全体を揺るがし、怒声や罵声、歓声が各馬に叩きつけられる。
「残り400m。エイシンバーリンはまだ粘っている。その外からシェイクハンドが並びかける!!」
シェイクハンドの騎手は手綱を扱いているが、まだ鞭は入れていない状態であり、それに比べるとエイシンバーリンには肩鞭だが1発、2発と入る。
ズルズルと下がっていく訳ではないが、徐々に先頭はシェイクハンドに移り変わっていく。
その後ろからナリタキングオーがシェイクハンドよりも外に持ち出して、グイグイと追い上げている。
「ここで先頭はシェイクハンド。ナリタキングオーとイチゴサンデーが競り合いながら先頭を奪う勢いで上がってきている」
「残り200m!! 決着はこの3頭に絞られたか? いや、外からメイショウテゾロも追い上げている」
ここでナリタキングオーとイチゴサンデーがシェイクハンドの馬体に併せ、闘争心を引き出すように騎手が手綱を鞭を扱き、3頭がそれに応える形で伸びる。
残り100m。
メイショウテゾロは鋭く追い上げたが、流石に3コーナーから4コーナーのまくり気味の走りが応えたようでこれ以上は伸びなかった。
ゴール板は既に近くに迫っており、後は如何に最後の気力を叩き合いで使い切るかで勝利馬は決定するだろう。
そして、最後の最後で抜け出したのは勝負根性を武器として信条しているイチゴサンデー。
「ここで抜け出したのはイチゴサンデー!! ナリタキングオーとシェイクハンドはここまでか?! ……勝ったのはイチゴサンデー!」
「前年のヒシアマゾンに続いて牝馬のイチゴサンデーが、3歳マイラーに決定しました」
秋子と秋名は実況の声を聞きながら、互いに言葉を交わさずにハイタッチを行い、周辺では他馬主の拍手が包み込んでいた。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。