Kanonファームの繁殖牝馬は無事に種牡馬繋養場で種付けを済ませ、後は受胎を確認するのみになった。
初めての種付けとなったブルーフォーチュンは、なかなか上手い具合にいかなかったが、無事に種付けは完了させた。
まぁ、相手のフジキセキも今年が初めての種付けなので、たどたどしい動きだったと記しておく。
初めて同士だったので、終わると同時に秋子と従業員は似たようなタイミングで嘆息を吐いて、お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまう。
「無事に終わりましたか……それにしてもフジキセキの引退は勿体無かったですね」
「そうですね。菊花賞はどうなるかは分かりませんが、皐月賞とダービーなら楽勝してもおかしくなかったと思いますよ」
秋子と従業員は軽く談話しつつ、手にはブルーフォーチュンの頭絡と繋ぐリードを持ちながら、馬運車に向かっていく。
「実際にフジキセキが現役続行していたら、ジェニュインやタヤスツヨシには遅れとらないと見なして良いんですか?」
「ええ、1着がフジキセキとなって2着と3着がジェニュインとタヤスツヨシで皐月賞の着順は変わっていないと思いますね」
「それにしてもサンデーサイレンスの産駒は凄まじい勢いで勝ち上がっていきますね」
「私たちもこれほどの成績を1年足らずで出すとは思っていませんでしたから、最早トップクラスの種牡馬ですよ」
なるほど、と秋子は頷いてブルーフォーチュンを馬運車に乗せて、移動中に馬体が揺れないようにシッカリとリードを支柱に結びつける。
秋子はそのまま従業員に挨拶し、馬運車の助手席に座ってゆっくりとエンジンを始動させた馬運車が動き出して、日高にあるkanonファームに向かっていく。
さて、Kanonファームでは1つの議題があり、なかなか決定しない事項であった。
その内容はイチゴサンデーの海外遠征――アメリカンオークスへの出走となっている。
招待レースなので輸送費の事は考えなくても良いのだが、イチゴサンデーがどこまでやれるかが問題。
重賞は勝利しているとは言え、2歳時のファンタジーS――1400m戦なので、実績面は現状では程遠い。
次走はNHKマイルカップとなっているので、そこの結果次第では遠征しても問題ないだろう。
「まさか、うちの馬が招待予定になるとは思わなかったです」
「一応クラシックで勝利するか、良い結果を示すかで招待候補になるようだしな。この後の結果次第では選考から漏れるだろう」
既に桜花賞を制したワンダーパヒュームは選考されており、後は関係者が出否を決定するのみである。
ついでにダンスパートナーも現状では選考予定に入っており、次走のオークス次第では出走する可能性が。
因みに噂ではダンスパートナーが欧州挑戦のプランもあるようで、今年は海外遠征の話が持ちきりとなっている。
「ナリタブライアンも凱旋門賞を秋の目標にして宝塚記念を回避するようですし、去年辺りから海外遠征が増えましたね」
「香港でノースフライトとサクラバクシンオーが敗れたとは言え、今までの海外遠征に比べると日本競馬でもそれなりに走るのが実証されたしな」
まだ勝利している馬は居ないがな、と秋名は思い出した様に付け加えてテーブルの上に置かれている菓子に手を伸ばす。
ポリポリと音を立てながら、齧っている秋名を苦笑いで見ながらイチゴサンデーを海外遠征させるかを思案している。
なかなか踏ん切りがつかないようで、秋子は顎に手を軽く添えたまま身じろぎをしない。
「さて、どうしましょうか?」
「私なら選考されれば、何も考えずに遠征させるがな」
一旦、手に摘んでいた菓子を口から放して秋名は自分の思案をあっさりと秋子に告げる。
そうでしょうね、と秋子は秋名の考えが分かっていたようで小さく頷きつつ口を開いていた。
「まぁ、秋子の判断に任せるが、海外遠征は1回くらいしておかないと後に繋がらないぞ」
「そうなんですよね。1度の経験が後で役に立ちますし、遠征しても損は無いと思うんですけどね」
迷っている理由は遠征費用の事もあるが、これは招待レースなのでその点だけは考えなくても問題ないが、今後のローテーションが簡単に組めない恐れが。
海外遠征は日本の競走馬には慣れない飛行機で移動し、慣れない滞在地で調教して、日本とはまったく違う環境でレースに挑まなければならない。
そのため日本に帰国後はボロボロになった精神と馬体をリフレッシュさせなければならないので、復調させるのには長い時間が掛かる場合も。
そのリスクを考えると秋子が迷ってしまうのも納得出来てしまう理由であった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。