今年のKanonファームで繋養されている繁殖牝馬に種付けさせる種牡馬の発表が名雪の口から行われる。

     その場――リビングのソファーには秋子と秋名がそれぞれ腰を掛けつつ、すらりとした長い脚を組んで扇情的な格好。

     そして、その対面に名雪がソファーに深く腰掛けて、その横には配合を記したノートが置かれている。

     どれだけの時間を掛けて配合を決めたかは不明だが、少なくとも数時間で決定出来る様な代物ではない。

 

    「んじゃあ、まずはミストケープからね」

 

     名雪が口を開くと、種付け相手の種牡馬名――オペラハウスを出して、理由を軽く語る。

     ミストケープの長所を伸ばすために、クラシックディスタンス向けの種牡馬でノーザンダンサーの血を引かないミストケープにはアウトブリードになる。

     と、ミストケープの配合相手を名雪が説明し終えると、次の配合と理由を次々と説明していく。

 

    「フラワーロックはミスタープロスペクター系と相性が良いから、芝路線で活躍したへクタープロテクターで」
    「確かにミスタープロスペクター系と相性が良いからな。走る可能性はあると思うぞ」

 

     秋名が口を挟んだので一時的に話が中断されるが、名雪はそれに構わないで話を続けていく。
     引退したばかりのブルーフォーチュンにはフジキセキを、と言いつつ名雪はへイルトゥリーズンの4×3――奇跡の血量となっている事を伝える。
     と、ここで名雪は一息つくためにテーブルの上に置かれているコーヒーカップを取り、ゆらゆらと湯気が立ち昇っているコーヒーを口に付ける。

 

    「フジキセキ×ブルーフォーチュンはへイルトゥリーズンの4×3以外にもノーザンダンサーの3×3も残っているんだよね」
    「そうよ。結構、血が濃くなるけど名雪が決定したんだから文句は無いわ」

 

     秋子の視線はジックリと名雪を捉えたまま小さく頷いて、名雪の意見を尊重した。

     そして、名雪はゆっくりとコーヒーカップを音立てる事無く、テーブルの上に戻し、繁殖牝馬の配合相手の続きを語り始める。

     エレメントアロー×コマンドインチーフ。

     ルリイロノホウセキ×ウイニングチケット。

     サイレントアサシン×サクラチヨノオー。

     ワイルドローズ×トウショウペガサス。

 

    「サイレントアサシンにはサクラトウコウが候補に挙がったけど、同じ血統ならダービーを勝利しているサクラチヨノオーの方を選択したよ」

 

     と、名雪は今年の配合予定の種牡馬名を全て挙げ終えると、ふぅと軽く吐息を吐いてソファーに深く寄りかかる。

     秋子は名雪が記入したノートを渡して貰い、軽くページをペラペラと開きながら読み始める。

     ノートの中身は各繁殖牝馬に種付けする種牡馬名が流暢な文字で書かれているが、どの繁殖牝馬にも複数の種牡馬名が候補として記載されている。

     そして、ある程度見終わった所で秋子はノートを閉じて、名雪に手渡す。

 

    「随分考えたのね」
    「ん、まぁね。これくらい考えておかないと非常時に困る事も無いしね」

 

     種牡馬だって生き物で突然種付け中止になったり、死亡になってしまう事があるのだから、代理種牡馬も探しておくのが正しいだろう。

     なので、名雪の対応は間違っておらず、秋子はニコリと笑みを浮かべて名雪の好判断を褒める。

 

    「じゃあ、後は繁殖牝馬を種牡馬繋養場に連れて行くだけで良いのね?」
    「うん、そうなるね。と言う訳で、後は任せたよ」

 

     名雪はソファーからおもむろに立ち上がって、肩を軽くほぐしてから背伸びを行う。

     これで名雪の仕事――種牡馬選定は終了したので、一息を吐いてテーブルに置いたままのコーヒーカップを口に付ける。

     少し冷めたコーヒーは味が劣化してしまうので、名雪はそのコーヒーを顔をしかめながら飲み干した。

 

 

     その後、名雪が部屋に戻ると同時にリビングの方で電話が鳴った様で既に秋子が対応している。

     その電話内容はイチゴサンデーのローテーションが確定した事を秋子に伝える為に折坂調教師が電話を掛けたようだ。

 

    「では、決定したんですか?」

 

     秋子は受話器を片手にメモを取るためにボールペンを握って、イチゴサンデーのローテーションを聞き始める。

     秋子はメモにNHKマイルカップと書き、その後のローテーションに関しては放牧だと思っていたのか、何度も聞き直してしまう。

 

    「えっと……それは本当ですか?」

 

     秋子の表情は訝しげな表情になっており、本気か虚偽かどうかが迷っているのが窺える。

     メモを取る事をすっかりと忘れた秋子は深く嘆息を吐いてから、NHKマイルカップの後に続きとして文字を書き加える。

     “アメリカンオークス”と何時にも無く力が入った手で文字をメモに書いて。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。