パドックは秋子達が丁度、馬主のみが入れる場所に辿り着いたと同時に1頭ずつ桜花賞に駒を進めた18頭の精鋭がパドック脇の通路から現れる。
どの馬も気品或いは3歳牝馬らしく可憐さをまとい、パドックを闊歩しているが、中には入れ込んでいる馬も見かける事が出来る。
中には牝馬らしく厩務員がたてがみに彩りのリボンを編み込みしてもらったりいる馬が度々見かけ、桜の女王決定戦らしいと言えるだろう。
イチゴサンデーも黒鹿毛である毛色が映りえる赤いリボンを編み込んで貰っているので、まるで別馬の様な感覚に見えてしまう。
「今日はしっかりと落ち着いているし、問題は無さそうかな?」
「馬体重は……−2kgと体調は80%くらいの出来ね。毛ヅヤもあるし、レースに集中してくれればチャンスかもしれないわ」
秋子は各馬の馬体重が掲載されている電光掲示板を眺めた後にイチゴサンデーに視線を向けて評価している。
本日のレースが本番だとイチゴサンデーは気付いているのか、深く鶴の様に首をしならせて、気合十分だと言う事を厩務員を引っ張る事で証明している。
気合十分なのは大抵の馬がそうだが、仕上がり過ぎて2冠目のオークス開催前に体調を崩さない様に仕上げられている馬も多いのも事実。
この時期は特に牝馬の調整が難しく、フケ――発情という問題が付きまとうので、牡馬よりも調整が難しいのが調教師の見解である。
中にはフケを出さない牝馬も居るが、そういう牝馬は男勝りな実力を持った牝馬が多く去年G�毅款,鮴�したヒシアマゾンのように。
イチゴサンデーも一度だけフケの状況になったが何とか立て直して、ここ――桜花賞に駒を進めた訳である。
「1枠2番イチゴサンデー。現在は4番人気で馬体重は前走比−2kgです」
「前走と比べると下腹がすっきりとしており、毛ヅヤが良いので体調は確実に仕上がっていると思います」
解説者の見解によるとイチゴサンデーの仕上がりは秋子と同じ考えのようで、過信は出来ない状況だが、信頼は出来るだろう。
次々と各馬が紹介される中、圧倒的1番人気に支持されたライデンリーダーは解説者からの評判が最も良い馬と推されている。
「やっぱり、ライデンリーダーの評価は良いね」
「ええ、そうね。けれどそれは必然的にマークされ易い事を示しているんだから、3歳牝馬が他馬からマークされ続けて、簡単に勝てるとは思えないわね」
ニヤリと口端を吊り上げてライデンリーダーを見つめる名雪の表情は獲物を捕らえるために準備を行う動物の様だ。
秋子も名雪の隣で腕を組みながら名雪の言葉に同意しているが、自身の言葉を力強く放つ。
他の調教師や馬主も簡単にライデンリーダーを勝たせる毛頭は無いに等しく、マークする可能性は高い。
イチゴサンデーの騎手には正攻法で負かす様に、と秋子が既に伝えており、どの作戦――脚質かは騎手の判断に委ねている。
地方競馬――ダートではまだ地方馬の方が勝率は良い事を示すように、芝重賞で簡単に地方馬に譲る気は無い。
なので、中央競馬VS地方競馬の対立が現在の状況になっているが、これは勝負事と言う単純な戦い。
勝った方が賞賛され、敗者はただその場から立ち去るのみなのだから。
「まぁ、ライデンリーダーの実績は認めるけど、簡単に勝たせたくは無いなー」
「ならしっかりとイチゴサンデーが走るのを期待した方が良いわよ」
パドックでは既に騎手が各馬に騎乗しており、数分もすれば地下道を通って本馬場入場の時間になる。
イチゴサンデーはスムーズに返し馬をこなして、悪くない動きを披露して輪乗り所に向かっていく。
暴走するような動きを見せていないので、間違いなく落ち着いていた様子見られた時に秋子は吐息を吐き出して安心した表情を見せる。
「大丈夫そうね……後はゲートとスタートさえ上手くいけば問題はなさそうね」
「それで勝てるかは別問題だけど、少しでも勝算が上げないと駄目だしね」
そうした会話しているうちにレース前に恒例のファンファーレが演奏され、各馬が誘導員にリードを曳かれてゲートに入っていく。
最後に8枠18番の馬――ワンダーパヒュームが入ってゲートが切られる。
どの馬もG�気剖陲鮨覆瓩人ソ戮蕕靴�大きく出遅れた馬はおらず、ダンスパートナーが少しだけ立ち遅れていた。
逃げたのは大外枠のワンダーパヒュームで、上手いスタートを切ってから一気に加速して内ラチに寄せていく。
そして、先頭を奪うとゆっくりとペースを落として淡々と駆けていく。
イチゴサンデーは中団に位置して、内ラチから2頭分程離れた場所を走っており、前走の様に内ラチに寄り過ぎない様にしているようだ。
ダンスパートナーは最後方、プライムステージは4番手付近、エイシンバーリンは2番手で、それぞれの脚質に合わせた戦法で走る。
ライデンリーダーも前走と同じように先行よりも中団に位置している。
それぞれの脚質――武器を最大限に使用しているので、イチゴサンデーも武器である叩き合いに強い事を引き出すために他馬に近づいて馬体を合わす。
ここは京都競馬場なので、残り800mの時点で下り坂をゆっくりと下って直線に備えなければならない。
この辺りから、一気にペースが上がって観客の歓声や絶叫が4コーナーまで届いてくる。
残り600m。
ワンダーパヒュームはまだまだ余裕のある走りで、先頭を譲らず駆けているが徐々に後方から追い上げてくる2番手以降の馬を相手にしなくてはならない。
ここでエイシンバーリンが馬体を合わせて競り合おうとするが、ワンダーパヒュームはなかなか潰れない。
イチゴサンデーは直線に入ると同時に横に居た馬とガッチリと併せ、騎手が手綱を扱き徐々に勢いを増していく。
ダンスパートナーは最後方から一気に捲くり、一瞬の切れで交わせるまでの射程内に脚を伸ばす。
先頭は相変わらずワンダーパヒュームが粘って、エイシンバーリンの進撃を悉く簡単に押さえ込んでしまう。
ライデンリーダーは馬群の中で抜け出せず厳しい戦いが強いられており、前走の様な直線に入ってからの切れが見られない。
残り100m。
結局、エイシンバーリンはワンダーパヒュームを捉えきれずにズルズルと下がっていく。
代わって浮上してきたのが、ダンスパートナー、イチゴサンデー、プライムステージの3頭のサンデーサイレンス産駒。
最内はイチゴサンデー、中央がプライムステージ、外からダンスパートナーがワンダーパヒュームを追いかけるが、まんまと逃した事が響いて逃げ切られる。
結果はワンダーパヒュームが1着で、2着にはダンスパートナー。
そして僅かの差――頭差で3着に敗れたイチゴサンデーだった。
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この話で出た簡潔競馬用語
注1:ワンダーパヒューム……父はフォティテン。