牡馬クラシック路線に1つ大きな問題が生まれて、ポッカリとトップが空席状態になってしまった。

     問題とはトップに居座っていた馬が急遽引退してしまった事。

     その馬の名はフジキセキ。

     去年の朝日杯フーチュリティステークスを勝利し、今年の初戦である弥生賞を制覇した矢先に屈腱炎を発症し、急遽引退となってしまった。

     3歳王者が引退した事で、これで牡馬クラシック路線は大きく混戦模様を描き、他の馬が本命として祭り上げられる事だろう。

     競馬新聞には一面として取り上げられており、“幻の3冠馬引退”などの文字が躍っている。

     4戦4勝――朝日杯フーチュリティステークスと弥生賞が主な勝ち鞍だが、本来の実力を出せば間違いなく皐月賞でも楽勝していただろう。

     フジキセキは急遽種牡馬入りを果たしたが、突然にも関わらず一気に満杯となり、サンデーサイレンスの血を求める生産者が多いのが窺える。

     実際にノーザンダンサーの血を引いていない利便さから、名雪もブルーフォーチュンに種付けするために申し込んだ。

     その結果はギリギリで奪取し、見事にフジキセキの種付けが可能になったので、ブルーフォーチュンの相手が決定した。

 

    「これで今年の配合は全て決定かな?」

 

     名雪はフジキセキの種付け権利を得た事を満足そうに頷いており、その表情は達成感が秘められている。

     フジキセキの種牡馬能力は未知数だが、少なくともノーザンダンサーの血を持たないので配合しやすいのは好意的に受け止められるだろう。

     因みにフジキセキの種付け料は初年度ながら150万と安く、急遽種牡馬入りになっても繁殖牝馬の数が集まったのは、こうした単純な理由も。

 

    「運良くフジキセキの種付け権利が得て良かったな」
    「取れて本当にホッとしたよ……1日で完売するほどの売れ行きだったみたいだし」

 

     名雪は軽く肩を竦めつつ嘆息を吐き、実に満足そうな表情を秋名に見せ付ける。

     これで一段落が済んだので、後は種付けをして受胎をするのを確認するのみの段階まで進んでいるので、名雪の表情は疲れが見える状態。

     まだ最後に仕上げである種付けまで到達していないので、気を抜けない状況なので、秋名が手痛い突っ込みとして名雪の頭部を軽く叩く。

 

    「気を抜くのは受胎確認してからの方が良いぞ」
    「うっ……そうだね。まだ種付けすら済んでいないんだったよ。配合を考えていると時間が経つのが早くて早くて」

 

     名雪はスラリとした細い人差し指で頬を掻きつつ、照れくさそうに弁明を行った。

 

 

     北海道では4月になっても桜の木は花を咲かせず、ゆっくりと蕾を膨らませている状況だが、既に季節は春の息吹が到来している。

     そして、4月の時期といえば別れと出会いの季節でもあり、祐一は地方競馬騎手育成所に入学するために、暫しKanonファームから離れる。

 

    「まぁ、2年間だし、ちゃんとやっていれば結果は付いてくるだろう」
    「逃げて帰ってくるのを期待して待っているよ」

 

     秋名、秋子、名雪が祐一にそれぞれ一言を口にするが、名雪の一言だけは本音ではないのが分かっているのか、秋子は咎める事はしない。

     むしろ、秋名は名雪の言い方にニヤニヤと楽しげに笑みを浮かべており、その表情は面白いおもちゃを見つけた子供そのものであった。

 

    「……ちっ、その言葉に反した結果を出してやるからな」
    「珍しく言うねぇ……そこまで言うなら期待しているよ」

 

     名雪は祐一が反論している間に祐一の頭をヘッドロックでガッチリと固めて、うりうりと言いながら坊主になっている祐一の頭を撫でて遊ぶ。

     名雪と祐一には10cm近くの身長の差があるので、祐一の後頭部に名雪の形良い双丘が当たっているが、当の本人は気にした様子で無い。

 

    「そろそろ離して欲しいんだが……」
    「贅沢だね。こんな可愛い女の子に抱きつかれるなんて滅多に無さそうなのに」

 

     自分で言うな、と名雪に突っ込みを言いながら溜息を吐く祐一だったが、ヘッドロックが外されると心底残念そうな表情を浮かべる。

     この状況は秋名と秋子にとっては面白い行為として見なされていたのか、微笑を浮かべて様子を眺めていたようだ。

 

    「相変わらず仲が良いわね」
    「……そう見える?」

 

     名雪の疑問に秋子は肯定し、名雪自身は肯定も否定もせずに曖昧な表情を浮かべつつげんなりしている。

     それなら勘弁して欲しいなー、と名雪はぼやいているが、本心が分かっている秋子は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

    「そろそろ時間だな」

 

     秋名は壁に掛かっている大型の時計を見上げ、飛行機の到着時間が近い事を告げる。

 

    「んー、じゃあ2年間頑張ってきますか」
    「頑張ってきてくださいね」
    「しっかりとやってこいよ」

 

     秋子と秋名は軽く祐一の手をハイタッチし、その後は祐一の方を振り返る事も無く、搭乗ロビーから離れていく。

     名雪だけは祐一にハイタッチしようとせずに、つかつかと祐一の傍に近づいて艶のある唇を軽く祐一の唇に合わせる。

 

    「……これで頑張れなかったら最悪だよね」
    「うっ……ったく、頑張らなきゃならない理由が出来てしまったじゃないか」

 

     ニヤリと名雪は口端を吊り上げて、祐一の言葉を聞かずにロビーから離れていった。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     特になし。