ガーネットSをヤマトノミオが勝利した事で、Kanonファームは去年と同じように年度最初の勝利を重賞で決めた事に。
この勝利を1番喜んだのは名雪と祐一であり、配合を考えたのはこの2人なので、親の気分になった実感が沸いている事だろう。
そして、Kanonファームにとってはこの重賞制覇で通算重賞勝利数が10勝目と、徐々に中小牧場から確実に成長しているのが窺える。
秋子が父から牧場を引き継いでから11年目で達成し、随分と長い時が刻まれ続けて来た。
もちろん、ゴール――日本ダービー達成まではまだまだ果てしない時を必要となるのだから、簡単に止まる訳にはいかない。
悲観達成までは秋子は歩みを止まるつもりは無いようだが、秋子の年齢を考えると、いつか名雪が牧場を引き継いでもおかしくないだろう。
「もう11年目ですか……わたしも歳を取る訳ですね」
「今年の誕生日で……いや、何でも無い」
秋子の年齢を口にしようとした秋名は氷のような鋭い視線を秋子から浴びて、ゆっくりと視線を逸らしつつ口を噤むんでしまった。
秋子は姉の態度に対して和らげに溜息を吐きつつ、眉間に小さくしわを寄せてこめかみを白魚の様に白く細い指であてがってしまう。
「それはともかく、名雪と祐一君が配合を考えたヤマトノミオがあっさりと重賞制覇達成されると悔しいですね」
「そうだろうな。秋子が7年目に勝利したのに対してあっさりと1頭目で達成だからな」
秋名は淡々と秋子に事実を突きつけて、軽く秋子を唸らせてしまう。
1頭だけとはいえ、簡単に重賞馬を輩出させた2人の腕は秋子を嫉妬させてもおかしくないのだから。
下手すると、秋子よりも素質がある可能性を秘めているのだから、秋子もうかうか出来る状況ではないだろう。
「まぁ、いつか牧場を引き継いでもらうつもりですから、これくらいはしてもらわないと困りますから」
「簡単に受け継いでもらうよりは、ある程度実績を出して欲しいもんな」
「……なら、近いうちに課題でも出してみますか?」
秋子はニヤリと楽しげなものを見つけた子供のような表情になり、秋名もそれにつられて口端を軽く吊り上げていた。
そして、数分後には名雪に出す課題は決定した様で、秋子と秋名はお互いに頷いて笑みを浮かべるのであった。
「じゃあ姉さん、名雪を呼んで来てくれませんか?」
「OK……この時間なら厩舎の中にある干した牧草の所で寝ている頃か」
秋名は小さく肩を竦めつつ、名雪を呼びに行くためにダークグリーンのジャンパーを羽織って厩舎に向かっていった。
数分後。
名雪を連れて戻ってきた秋名だが、名雪の衣類には所々に牧草が張り付いており、牧草の中に埋もれて寝ていた事が窺える。
「お母さん、何か用があるんでしょ?」
「ええ、そうよ……取りあえず、ヤマトノミオが重賞制覇したのは良かったわね」
名雪は秋子の対面にゆったりと青色のソファーに腰を下ろしつつ、謙虚な表情を浮かべた。
偶々だと言いたげな表情だが自信が付いたのは確かのようで、その自信さが表情に滲み出ている。
「んー? それだけの事でわたしを呼ぶとは思えないし、何か他に用があるの?」
「そうね……単刀直入に言うわ。今年の繁殖牝馬への種付け相手の選出は名雪、貴女が全てやりなさい」
名雪の目を白黒にさせつつ、秋子の言葉を頭の中で反復している様で、表情がコロコロと変わっていく。
長い髪が乱れるのも構わずに名雪は軽く頭を左右に振ってから、深く息を吸ってから落ち着いたようだ。
ふぅ、と名雪は溜息を吐いてから、秋子の方に向き合ってジッと視線を逸らさずに見続ける。
「……唐突だね」
「そうかしら? 課題としては突然、発表した方が普通でしょ」
秋子は指を軽く組みつつ、頬杖を突くような格好でテーブルに両肘を乗せて言葉を口にしている。
「断るつもりは無いと思うけど、これはテストだと思って良いわよ」
「テスト……ねえ。いつか、わたしが牧場を引き継ぐ時に必要な実績を図る為と見て良いのかな?」
「……その通りよ。今年の配合は全て名雪に任せるのだから、産駒が走らなければ牧場の引継ぎは無しになるわね」
非常に厳しい条件を出す秋子だが、それだけ名雪に期待をしている一環があるのが窺える。
そして、名雪は大きく頷いて、秋子が出した課題を受ける事を了承しその日のうちから、大量の種牡馬事典を読み漁り、春の種付けに見据えだした。
因みに秋子が名雪に渡した本年度の種付け予算は1500万で、自由に配合を考えて良いと示す一端であった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。