駆ける馬　２６９話

　　　　　チラチラと雪が降り落ちる中で年明け最初の競馬が開催されており、東西でそれぞれ中山金杯と京都金杯が。

　　　　　年明け最初の競馬場は多数の観客が居る訳ではないが、冬の寒さを溶かす程の熱気が競馬場を包んでいる状態。

　　　　　去年はストームブレイカーが京都金杯を勝利しており、今年もストームブレイカーは金杯から始動する事になっている。

　　　　　ただし、去年とは違い今年は“中山金杯”の方から始動し、少しでも輸送競馬を減らす事を念頭し、今春最大目標の安田記念に備えるのが目的。

　　　　　今の状態――ズブさなら２０００ｍも問題無く走れると、調教師が進言しており、実際に天皇賞・秋の２着と言う実績を持っているのだから。

　　　　　現在は３番人気に支持されており、去年のＧⅠ戦線で活躍したとは言え距離適正が長いと思われているから、この評価で落ち着いたのだろう。

　　　　　一番人気の馬はサクラローレル――セントライト記念でタイフーンと当たった馬で、あの後は１０００万下と１６００万下を連勝し出走。

　　　　　つまり、徐々に馬体が完成されてきたのが窺えて、今年の重賞路線を賑わす存在になってもおかしくない。

　　　　「うーん、うちのストームブレイカーとは充実度が違うね」
　　　　「もう６歳だからな……そろそろ引退してもおかしくないな」

　　　　　ソファーに座りながら、名雪は小さく溜息を吐いており、ストームブレイカーの充実振りが今一つな状態をガッカリしている様だ。

　　　　　この成績じゃ種牡馬入りは厳しいし、と名雪はぼやいている状態で実際に最近の競馬界では重賞勝ちが１つでは種牡馬入りは不可能に近い。

　　　　「だから、今年は重賞の１つか２つかは勝利して欲しいだけどね」
　　　　「ちょっと厳しい条件じゃないか？せいぜい１勝出来ればマシだと思うが」

　　　　　祐一が口を挟むと、名雪は軽く首を傾げてしまうが、自身はそれ程深刻では無いようだ。

　　　　　少なくとも去年の成績を見れば、重賞戦線で十分戦える力は残っている可能性は高いのだから。

　　　　　急激に衰える可能性も低いので、下降するとしてもなだらかに進んでいくと予想しているのがストームブレイカーの関係者の間で一致していた。

　　　　「まぁ、今年の目標は去年の重賞勝利数を超える事だから、早めに１勝してリーチをかけたい所だね」
　　　　「そうだな。去年は善戦が多かったし、今年は１着が増えるように馬に頑張ってもらわないとな」

　　　　　一番の楽しみはイチゴサンデーのクラシック路線だけどね、と名雪は一言呟く。

　　　　　そのイチゴサンデーのローテーションはクイーンＣからの始動予定で関東圏への輸送が一度も無く、左回りも未経験なので慣らす必要がある。

　　　　　札幌競馬場では滞在競馬だったので、何も問題無かったが当日輸送になるとどの様な影響が出るか分からないので早めに用心しておく事が肝心。

　　　　　そして、左回りで開催されるオークス或いはＮＨＫマイルカップが春最大の目標となっているので、１戦でも走っておかなければ適性が分からない。

　　　　　そういう面があるので２月に開催されるクイーンＣから始動し、その後は直接桜花賞を狙うローテーションとなっている。

　　　　　牝馬は数多くレースに出走させようとしても、フケが発情して出走回避などがあり得るので、イチゴサンデーの出走予定数は３戦から４戦。

　　　　「さて、ストームブレイカーの中山金杯はどうなるかな？」

　　　　　名雪はソファーに座っている状態でスラリとした長い脚を組み替えつつ、ＴＶのチャンネルを競馬中継に合わせる。

　　　　　丁度、タイミング良くパドックが映し出されて、各馬の様子を逐一実況が読み上げている最中。

　　　　　ストームブレイカーは首を鶴首の様に曲げて、気合の入りようが実に分かりやすい状態。

　　　　「馬体重はプラス６ｋｇか……時期が時期だし仕方ないな」
　　　　「冬場は絞りにくいしね、まぁ妥当な線と言えるかな」

　　　　　殆どの馬がストームブレイカーと同じように馬体重が増加しており、減少した馬は片手で数えられるほど。

　　　　　因みにサクラローレルは前走から好調を維持しているようで、ゆったりした足取りでパドックを闊歩していた。

　　　　　そして、レース開始時間になり、１９９５年度初の重賞レースのスタートが切られた。

　　　　　ストームブレイカーは好スタートを切って、３～５番手辺りの位置に付けている。

　　　　　基本的には鋭い切れ味を武器とする差しが脚質の馬なので、今回の作戦は非常に珍しい事態。

　　　　　そして、サクラローレルは中団辺りで様子を窺って、２連勝した時の切れ味を発揮するつもりなのだろう。

　　　　　１０００ｍの通過タイムは１：００.２と平均ペースで刻まれており、このタイムでは先行勢も後方勢にもチャンスがある事に。

　　　　　殆どの騎手は平均ペースだと分かっているので、なかなか仕掛けずに３コーナーから最終コーナーの中間までレースは動く気配は無かった。

　　　　　ここで仕掛けたのはストームブレイカーで、一気に進出するのではなくジリジリと上昇し、最終コーナーを回る時には３番手までに。

　　　　　中山の直線は短いが、中間にある坂が曲者で早仕掛けをすれば垂れて、遅ければ届かないことがしばしば。

　　　　　ストームブレイカーは直線の中間――坂の入り口付近から仕掛け、先頭に立ち、ジワリと差を広げに掛かる。

　　　　　だが、外から勢い良くサクラローレルが伸びてきて、ストームブレイカーは半馬身の差を付けられて２着確保が精一杯だった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。