駆ける馬　２６８話

　　　　　――１９９４年度の競馬が無事に終幕し、早くも来年度――１９９５年に向けて各陣営が動き出そうとしている。

　　　　　その前に盛り上がった下半期のＧⅠ戦線を振り返ってみる。

　　　　　まずは１０年振りの牡馬３冠馬を輩出したクラシック路線から振り返ると、実にナリタブライアンの存在が抜き出ていた事が分かってしまう。

　　　　　皐月賞３馬身→日本ダービー５馬身→そして、菊花賞が８馬身と逆に差を広げてしまう程、秋に充実したのだろう。

　　　　　他馬はまるっきり問題にならない程で、黒星を付けたタイフーンとスターマンが珍しい存在であると言える。

　　　　　そして、３冠達成後は有馬記念で半兄であるビワハヤヒデとの一騎打ちを制し、名実と共に現役最強馬の座を得た事に。

　　　　　その有馬記念はビワハヤヒデの引退レースだったが、まだ現役続行しても問題無さそうな走りを披露しており、実に残念な思いがしてしまう。

　　　　　兄弟の一騎打ちはゴール前までの叩き合いが非常に見応えあり、最後の最後でグッと首の上げ下げの差で決着は歴史に語り継いでも良い位。

　　　　　今年のＧⅠは間違い無く、この有馬記念がベストレースに選ばれるだろう。

　　　　　続いては牝馬クラシックを。

　　　　　こちらも牡馬クラシックと同じようにヒシアマゾン１頭だけが目立つ結果を残し、オークス馬のチョウカイキャロルは秋華賞での接戦が唯一の見所だった。

　　　　　ヒシアマゾンは秋華賞、エリザベス女王杯を制覇して有馬記念に出走し、牝馬ながら３着に食い込んだ実績は見事としか言いようが無い。

　　　　　続いては中長距離と短距離を含めた古馬戦線を。

　　　　　天皇賞・秋はビワハヤヒデがネーハイシーザーの追撃を凌いで、４つ目のＧⅠ――菊花賞、天皇賞・春、宝塚記念、天皇賞・秋を制覇した事に。

　　　　　これで天皇賞同年度連覇を達成したタマモクロス、スーパークリークに続く３頭目の偉業達成馬となった。

　　　　　ジャパンカップは前年のレガシーワールドに続く“セン馬”のマーベラスクラウンが鼻差を守って初ＧⅠ制覇を。

　　　　　２着にはアメリカ芝路線の名馬――パラダイスクリークで、競り勝ったのは一攫千金に値する勝利だろう。

　　　　　短距離路線の方は相変わらず層が厚く、サクラバクシンオーとノースフライトがそれぞれ適正距離のＧⅠをあっさりと連勝をしてしまった。

　　　　　ただし、海外遠征――香港国際競争の方は善戦が精一杯だった。

　　　　　結果はサクラバクシンオーが出走した香港スプリントは４着、ノースフライトが出走した香港マイルは２着と、現状では後少しが足りない印象が。

　　　　　ただ、今後も遠征を繰り返して各陣営がノウハウを得てしまえば、いつか遠くない日に海外重賞制覇してもおかしくは無いと断言出来る。

　　　　　中央競馬で数少ないダートＧⅠの１つ――ジャパンカップダートはホクトベガが抜群のダート適正を見せ付けて、海外馬と地方馬を押さえて勝利。

　　　　　これで、今年はフェブラリーＳ、帝王賞、ジャパンカップダートとダートＧⅠ３連勝を達成し、来年もダート中心のローテーションを組む事が既に発表済み。

　　　　　ドバイワールドカップへの出走プランもあるようだが、馬主が首を縦に振らない様で立ち消えている。

　　　　　最後に２歳戦の方はサンデーサイレンスの猛威が広まり、１年目にしてフジキセキが朝日杯フューチュリティーＳを勝利している。

　　　　　牝馬の方はヤマニンパラダイスが勝利したが、２着のイチゴサンデーは出遅れが響いた感じがするので、負けて尚強しだったのは間違いなく後者。

　　　　　と、競馬雑誌には今年のＧⅠ勝利馬の写真が掲載されており、残念ながらKanonファームの生産馬は１頭も掲載されていない。

　　　　　少なくとも、来年の目標としてＧⅠ制覇する事を誰もが願っているだろう。

　　　　　秋子は１人、リビングに置かれている上質なソファーに腰を掛けて、今年の収入兼成績を記入したノートを開いている。

　　　　「今年は今一つでしたか……イチゴサンデーがファンタジーＳを制覇してくれたおかげで救われた気がします」

　　　　　ファンタジーＳを制したイチゴサンデーには感謝しても、しきれない程の幸運を運んできてくれた。

　　　　　他の馬もそれなりに走ってくれたが、重賞勝ち馬であるストームブレイカーとイチゴサンデーでは評価が違ってしまう。

　　　　　因みに１１月から１２月の最終日までの結果は２勝しているので、中小牧場であるKanonファームでは、さほど悪くない結果でもある。

　　　　　因みに勝利した馬はダンシングウイナーとホワイトウインドでそれぞれ、５００万下と１０００万下を勝利した。

　　　　　この勝利で２頭はＯＰクラスと１６００万下クラスに昇格し、それぞれ正念場を迎えることになる。

　　　　　特にホワイトウインドはこれで２連勝となったので、少なくともマグレ勝ちとは思えない状況になってきた。

　　　　　即ち、馬が本格化してきた兆しである事を示し、次走も期待出来る割合が上昇している。

　　　　「来年はもうちょっと勝利してもらいませんとね……祐一君も中央競馬の受験は落ちて、地方競馬の方に受かりましたし、もう少し運勢が良いと良いんですが」

　　　　祐一は中央競馬の受験に臨んだが、ほんの僅かな運で門が閉まってしまい、受験は失敗した事になる。

　　　　だが、代わりに受けた地方競馬の方は見事に合格し、来年からは“地方”競馬の教養センターで騎手を目指す事になる。

　　　　因みに祐一の友人である、音薙有希は見事に中央競馬の競馬学校に合格して、祐一とは違った道を進む事になってしまった。

　　　　今と昔では中央競馬と地方競馬の騎手は往来しやすい状況になっており、交流戦や勝利数が５００勝以上していれば中央でも騎乗可能なのだから。

　　　　少なくとも祐一は騎手になれる道には入れたのだから、後は精進していけば結果は付いてくるだろう。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　注１：ネーハイシーザー……父はマイナー種牡馬のサクラトウコウ。
　　　　　注２：パラダイスクリーク……表路線のＧⅠ勝利はアーリトンミリオンくらいで、ローカルＧⅠの方が勝利している。