12月になり、北海道の日高地区は雪に覆われて長い冬の時期が到来し、各地に点在する牧場では雪を除けて放牧地を使える様に作業を行う。

     脚を雪にとらわれて、脚を捻ったり骨折してしまう恐れがあるのだから、危険を如何に取り除くかが常識。

     故障してしまえば、デビューが出来ずに引退する事が有り得るので、何処の牧場も雪が降らない季節――春、夏、秋だろうが1年中馬を見張っている。

     そのため、休日は無いに等しく所有馬或いは生産馬が重賞に出走する時以外は旅行など不可能と言っても良い。

     その分、苦労の見返りとして重賞馬を生産した名誉と名を残す事が出来るのが、サラブレットの生産に関わる者としての幸運だろう。

     そう、本日はイチゴサンデーが阪神ジュべナイルフィリーズに出走するため、秋子と名雪が阪神競馬場まで観戦に来ていた。

     イチゴサンデーは現在のオッズは2.5倍と1番人気に支持されており、競馬新聞も圧倒的な実力を評価して◎が5つとグリグリの印が打たれている。

     珍しく秋子と名雪がG�気魎兩錣靴僕茲燭里蓮△海Δ靴臣噂磴瞥�由――生産馬が圧倒的1番人気に支持されたからである。

     競馬だから絶対に勝てるとは言い切れないのが、少なくとも生産馬が1番人気になっているので、観戦しないと損に近いのだから。

 

    「G�気韮曳嵜裕い砲覆辰燭里狼酣�のエリザベス女王杯以来ね……ちょっと勝てるかが心配になってきたわ」
    「圧倒的人気とは言え、2歳でしかも牝馬戦だから何が起こっても不思議ではないからね……惨敗する事だって有り得るし」

 

     実力がある馬ならば、あっさりと勝利する事もあるが、2歳牝馬戦はどちらかと言うと波乱込みの方が多い。

     去年のヒシアマゾンの様に圧倒的な差を見せ付けることもあれば、一昨年のスエヒロジョウオーが万馬券を演出する事もあるのだから。

     そして、今年のイチゴサンデーが去年のヒシアマゾンに続けるかは、この結果が掛かっており正念場と言える。

 

    「主なライバルはヤマニンパラダイスかしら」
    「父がアメリカの大種牡馬のダンジグだしね……成長力は早そうだし、新馬といちょうSがレコード勝ちのスピードは怖い相手かな」

 

     同じ2歳牝馬とは思えぬ、類稀なスピードでレコード勝ちを収めているヤマニンパラダイスは間違いなく強敵に分類される。

     現在は重賞勝ちのイチゴサンデーが1番人気だが、ヤマニンパラダイスも2.8倍と人気を2分に分け合っている状況。

     因みに他の馬はエイシンバーリンが京王杯2歳Sで2着になったのが評価されて3番人気になっているが、オッズは10.3倍。

     ファンからの視線だとイチゴサンデーとヤマニンパラダイスの一騎打ちだと思われているようで、他の馬主からすると面白くない出来事かもしれない。

     その様な視線がいくつも秋子に注がれているが、走るのは馬なので秋子は気にした様子も無く、淡々とパドックを眺めている。

 

    「1枠1番イチゴサンデー。馬体重は前走比増減無しで、現在の人気は1番人気となっています」
    「キッチリとした仕上がりで踏み込みも良いですし、いつもの様に勝負根性を発揮出来れば勝ち負けは出来るでしょう」

 

     実況は仕上がりが良くて、この出来なら十分勝ち負けになるレベルと言っているので秋子はホッとした表情を垣間見せる。

     確実に勝てるとは言われていない事がもどかしいが、酷な評価を受けるよりはマシだろう。

     その間に競馬協会の職員がお馴染みのとまーれー、と言う声が響いて各馬を曳く厩務員が馬を止めている。

     そして、色取りの勝負服を身に包んだ騎手が騎乗し、レースまでの時間がグッと近づく事が実感できる。

 

 

    「あと少しかあ……返し馬では調子良さそうな走りを披露していたし、期待出来るかな?」

 

     名雪は独り言を呟いて、現在はターフビジョンに表示されている輪乗り中の各馬の様子を窺っている。

     ヤマニンパラダイスも非常に調子が良い返し馬だったので、間違いなくイチゴサンデーの筆頭相手になるのは確実。

     そうこうしている間にスターター係の人物が、スターターに近づいて静けさに包まれていた競馬場が少しずつ歓声に飲み込まれていく。

     阪神競馬場のファンファーレが響き、各馬が奇数番号から順番にゲートに入っていく。

     最後に8枠18番の馬が入って、スタートが切られる。

     出遅れた馬が1頭いるが、それほど大きな差を付けられた訳ではなく、半馬身程の影響だったが、今後の事を考えると危ないかもしれない。

     その出遅れた馬はイチゴサンデーで観客席からは悲鳴が混じった絶叫が響き、まるで勝負が決した様な状況。

     だが、騎手は慌てる様子もなく、ジックリと最後方に位置して追い込みに賭けるようだ。

     1600m戦なのでペースは速くなる事が多く結果的には、この判断が適切かもしれない。

     イチゴサンデーは騎手に逆らって行く気を見せているが、騎手は必死に宥めて最後の直線に脚を賭けている。

     1枠1番からのスタートだったので、出遅れた事がポジションに影響が出て外を回さなければならないのだから。

     現状のペースはやや速いくらいで縦長になりかけている馬群はイチゴサンデーには突破しやすい状況が作り上げられている。

 

    「出遅れた時は終わったと思ったけど、良いペースになったわね」
    「……そうだね。後は内から突破するか、大外をぶん回すかで結果がガラリと変わるね」

 

     そして、3コーナーと4コーナーの中間からイチゴサンデーは内を選択して、グングンと上がっていく。

     まるで出遅れをものとしない勢いで、他馬を蹴散らして18番手から直線に入ると同時に6番手まで位置が上がる。

     そして、大歓声と絶叫が混じった観客の声が場を盛り上げて、300m近くの直線を各馬が駆けていく。

     ヤマニンパラダイスは8番手辺りにいたが、差しを身上とした切れ味を見せて8番手、6番手、3番手と次々と各馬を交わす。

     イチゴサンデーも負けじとヤマニンパラダイスに馬体を併せて、武器である勝負根性を引き出して猛然と追い込みかける。

     残り100mの時点で2頭の一騎打ちになり、他馬は必死に追い込んでいるが2馬身の差は覆そうも無い。

     そして、観客の興奮した絶叫がゴール板を震え上がらせて、2頭がゴールにほぼ同時と言っても良い程のタイミングで飛び込む。

     だが、結果は誰が見ても一目瞭然で僅かの差――頭差でヤマニンパラダイスが勝利していた。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:ヤマニンパラダイス……新馬、いちょうSと連続レコード勝ちで、続く阪神もレコード勝ちを。
     注2:エイシンバーリン……父はコジーンで京王杯2歳Sで 2着の実績あり。