Kanonファームに1台の馬運車がエンジンを吹かしながら、ゆっくりと来場し、1頭の馬が同乗員にリードを曳かれて広大の土地の上に脚を下ろす。
その馬は今年のエリザベス女王杯を最後に引退したミストケープで、栗色の毛並みが陽光で幻想的に輝いている。
今までの勝利した成績が自信に繋がっているのか、優雅なポーズで牧場を眺めているミストケープは、自分自身が上にいるかを自覚しているようだ。
そして、威厳を見せ付けるように他馬がいる放牧地をぐるりと眺めつつ、その集団の中に駆け込んでいく。
時々、短期間の放牧で帰ってきていたとは言え、本格的に帰郷したのはこれが初めてになるので、自らの威厳を示さないとGⅠ馬の立場が低い状況に。
そう言う訳でミストケープは喧嘩越しになりながら他馬に近づいて行き、現時点のボスであるフラワーロックが一歩前に踏み出す。
そして、お互いに存在を認めた様で、たてがみの生え際付近を軽く噛み合って一気に打ち明けてしまう。
これで引退した事になるが、次は第二の生活――繁殖牝馬として仔馬を産むのがミストケープの新たな仕事となる。
確実に走る馬を輩出出来るとは限らないが、Kanonファームの人物――スタッフを含めた6名は全員が期待しているのが窺える表情。
「……ようやく帰ってきたね」
「これで引退となるけど、次の世代のために頑張ってもらわないとね」
「どれだけ活躍する産駒を輩出するかが、次の課題だからな……ある意味大変だよな」
「まぁ期待するなって言う方が無理だからな、適度に活躍馬を輩出してくれれば良いんじゃないか?」
それぞれ、名雪、秋子、秋名、祐一が柵に寄りかかったり、柵の上に腰掛けたりしつつミストケープの様子を窺っている。
ミストケープはすっかりと集団の中に溶け込んでいるが、自分の順位は上だと思っているらしく、フラワーロック以外の馬よりも前の方を駆けている。
現在の繁殖牝馬内の順位は間違い無く、フラワーロックがトップで2番手はあっさりとミストケープが収まった格好。
他の馬はあまり関心無い様で、2頭に従っている節が見られる。
「他の馬はあっさりしているなー、馴染んでいるみたいだけど」
「成績面で負けているのが分かっているんじゃないかしら?」
あっさりと秋子は名雪の疑問に対して答えを言うが、名雪は小さく首を傾げて疑問は氷解していないようだ。
「馬の言葉が分からない限り、理由は分からないか」
と、名雪が呟くと3人はしきりに同意しており、未だに馬の言葉が解析不可能な事を示してしまった。
さて、今週の競馬は京都でマイルGⅠ――マイルチャンピオンシップが開催される。
前週のエリザベス女王杯から続く京都開催なので、やや芝が剥がれた状態になっている。
京都競馬場は本年度最後のGⅠとなっているからか、観客の入りはエリザベス女王杯よりも少々増加しているようだ。
実際には好メンバーが揃っているのが一番の理由であり、安田記念馬のノースフライトとスプリンターの絶対王者であるサクラバクシンオーが。
それ以外にも重賞馬が出走しているので、盛り上がるのは必然とも言えるだろう。
その中でストームブレイカーはマイル戦の成績が良い事と前走のスプリンターズSの結果――4着が評価されて5番人気に支持されている。
競馬新聞には▲▲▲△▲、と見事に黒と白の三角のみが占めており、逆にノースフライトは◎が5つ――グリグリの本命になっている。
サクラバクシンオーはスプリントまでが距離の限界と言うのが定説の1つで、そのため印は○が5つだが、オッズは離された4.3倍の2番人気。
「そこまでストームブレイカーの印は悪くないけど、やはりノースフライトは強いでしょうね」
「この後はサクラバクシンオーと共に香港国際競争に出走すると調教師が言っているが、仕上がりは良さそうだしな」
とても7割だと思えん、と秋名はポロリと一言漏らすが、実際に馬体はピカピカの仕上がりで100%の状態と言われても納得できてしまう。
ファンもその事が分かっているようで、オッズは明確に現れて1.9倍とガチガチの人気。
レースが始まると、あっさりと好位についたノースフライトは馬なりままで中団――前寄りに位置して先頭集団の様子を窺っている。
サクラバクシンオーはノースフライトよりも前の方で位置しており、いつもの脚質――先行で初のマイル勝利を狙っている。
ストームブレイカーは虎視眈々とノースフライトを狙っており、外からガッチリと馬体を併せてマークしている。
ノースフライトの真正面に1頭の馬がおり、その2頭の間にストームブレイカーがいるので、外には出せない状況に追い込んでいる。
これでノースフライトは内から交わすしかなく、牝馬には少々酷な状況に違いなかった。
だが、前週のエリザベス女王杯を再現したようにあっさりと、牡馬を蹴散らしてノースフライトが2つ目のGⅠ制覇となった。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。