タイフーンがセントライト記念を惨敗した理由は喘鳴症を発症した事が発覚し、調教時では症状は殆ど発症せず今回が初めての出来事であった。

     喘鳴症はのど鳴りとも呼ばれ、人で言う喘息に近い症状で馬は全力疾走時に多量の空気を呼吸するため、この症状は心肺機能が大幅にダウンする等しい。

     この症状が出て引退に追い込まれた名馬はタニノムーティエ――皐月賞と日本ダービーを制した2冠馬で、幻の3冠馬と呼ばれる程の実力を有していた。

     2冠を達成した年の秋に発症したので、“if”になるが菊花賞を制した可能性は非常に高かっただろう。

     因みに同期にはアローエクスプレスがおり、春の2冠はこの2頭の争いで盛り上がっていた事を記しておく。

     タイフーンもこの症状を発症してしまったので、治療する事になるが完治する可能性は現在の医療施設では非常に低い状況。

 

    「参りましたね……まさか、のど鳴りを発症するとは思いませんでした」
    「まったくだ。で、どうする? 治療して完治しなくても現役続行させるか、或いはこのまま引退させるかの二者択一しかないぞ」

 

     のど鳴りはレース中に必ず出るとは限らなく、湿気が高い時には平気だが乾燥した日が最も症状が出やすい。

     これからは湿度が乾燥した時期――冬の到来間際で、治療しても復帰戦に出走出来るのは2月頃まで掛かってしまう可能性が高い。

     心肺機能が衰えた状況でレースに勝てる可能性は低く、このまま引退させる方が一番だと思われるが、秋子自身の判断は簡単に決定出来ないようだ。

 

    「わたしは引退させた方が良いと思うけどな」

 

     横から口を挟む名雪は慈悲も無く、キッパリと冷酷に言い切っており走る可能性が低いと見込んでいるようだ。

 

    「私も同意見だな……ここで引退させた方が馬の為になるだろうし、ダービーで5着になった実績があるんだから、うちで功労馬として置けば良いだろう」

 

     秋名の援護口撃で、既に現役続行派である秋子と祐一は陥落寸前で、このまま引退の方に傾くのは時間の問題。

 

     

 

     そして、数分後には秋子が結局折れてタイフーンを引退させる事が決定した。

     タイフーンの成績は以下の通り。

     9戦2勝2着4回3着1回と善戦マンと呼べる成績だが、1つだけの誇りが。

     それは新馬戦で今年の2冠馬――3冠確実と言われるナリタブライアンを破った事で、タイフーン以外で大金星を挙げたのはスターマンのみ。

     まだシャドロールを付けていない時だったとは言え、後の2冠馬を破ったのはKanonファームとしては、僥倖な出来事であるのは確かだろう。

     結果的には重賞未勝利だったが、日本ダービー5着、皐月賞2着、きさらぎ賞2着と安定した成績を残したのもまた事実。

     これで引退となるがKanonファームとしては今後、牡馬クラシックに出走する馬が居た場合、タイフーンの成績を超えるのが目標となるだろう。

     サンデーサイレンスガ出現した事で間違い無く、競馬は次世代に突入し新たな名馬が誕生する時期が近づいている。

 

 

     今週の競馬はエアスパイラルが3度目のダート戦に出走――ながつきステークス距離ダート1800m。

     中山競馬場で開催されるので、芝コースでも小回りの場所が更に小回りになっており、コーナーがきつい状態。

     どの馬も条件は一緒だがダート3戦目のエアスパイラルにとっては他馬よりも遥かに厳しい条件だった。

 

    「ダート1700mの距離で勝利しているし、100mくらいの延長だったら問題ないかもな」
    「芝だと1600mが限界でしたので、どうでしょうかね?」

 

     今回の1800m戦はあくまでもギリギリの距離での出走となっているので、秋子はあまり期待していない視線でTV画面を見つめている。

     OP戦なので、重賞ファンファーレは演奏されず録音されている一般戦のファンファーレが鳴って、各馬がゲートに入っていく。

     そして、スタートが切られると各馬綺麗な形でゲートを出て、出遅れた馬は1頭も居ない状況。

     エアスパイラルは5番手辺りで、先行策で前々の方で先頭の馬の様子を窺っている。

     レース展開は団子状態になっており、ペースは果てしなく遅い状況なので、前に居るエアスパイラルにはチャンスが広がっている。

 

    「スローだから後ろを封じ込める脚を使ってくれれば勝てるかもしれませんね」
    「そうだな。前に行けば結構粘る性格だったし、チャンスかもしれんな」

 

     秋名がその事を口にすると、レースは中盤に入って徐々に中団から後方に居た馬が上昇していくが、ペースはまだまだ遅い。

     この展開では騎手の判断ミスに近く、もう少し早く動いていれば展開は違ったものになっていたが、現在は既に終盤に近い。

     そして直線に入ると、先行で脚を溜めていた馬が、最も良い脚で伸びているが中団よりも後ろだった馬は団子状態の馬群を突破か外を回すしか手段は無い。

     そして、スルスルと内枠からのスタートだったエアスパイラルがノーマークに近い状況だったので上手い具合に差し切って勝利。

 

 

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     この話で出た簡潔競馬用語

 

     注1:スターマン……実際はセントライト記念→京都新聞杯と勝利している。