駆ける馬　２５９話

　　　　　秋競馬は徐々に春の実績馬が復帰レースに出走して、下半期に開催されるＧⅠに向けて結果を出していく。

　　　　　春の実績馬――９４年度上半期のＧⅠを勝利した馬のステップレースの結果は以下の通りで、想定内の範囲とも言える結果だった。

　　　　　ビワハヤヒデ……オールカマーで２着馬のナリタタイシンに余裕の１・３/４馬身の差を付けての１着で、順当に天皇賞・秋に向かう。

　　　　　ナリタブライアン……神戸新聞杯でまさかのスターマンの２着に敗れるも、負けてなお強しの結果だった。

　　　　　ヒシアマゾン……秋華賞に向けて阪神で開催されるローズＳ出走し、初距離である２０００ｍをあっさりと勝利し、ＧⅠ４勝目を目指す。

　　　　　チョウカイキャロル……オークス馬である本馬だが、世間の評価はヒシアマゾンの方が高く、クイーンｓを勝利したにも関わらず評価の変動は無い。

　　　　　ホクトベガ……帝王賞を勝利した後は一旦休養を挟んで、船橋競馬場で開催される日本テレビ盃を楽勝し、１１月のＪＢＣを目指す。

　　　　　因みに短距離路線の２頭――サクラバクシンオーとノースフライトは９月のスプリンターズＳに出走するため、ステップレースは使わず直接狙う。

　　　　　以前は１２月開催だったスプリンターズＳは９月に施行時期が移動した事で、ローテーションが決めやすい状況になっている。

　　　　　そして、１２月に香港国際競争があり、日本馬が招待される状況が増加中で、今年はサクラバクシンオーとノースフライトが１２００ｍと１６００ｍに出走。

　　　　　なので、スプリンターズＳとマイルチャンピオンシップは得意の距離である２頭が１勝ずつ制して、海外に向かうだろうと言う見解が広まっている。

　　　　「海外か……最近は海外遠征がちょっとずつ増えているな」
　　　　「そうですね。来年はナリタブライアンも遠征すると言う噂が流れていますし」
　　　　「まぁ、今の所はうちの馬には殆ど関係無いし、壮大な海外遠征なんか夢の果てだな」
　　　　「先を見据えるのも大事ですが、しっかりと足元の基盤を固めないとうちは遠征不可能に近いですからね」

　　　　　Kanonファームの生産馬が海外遠征する事になると、輸送費、滞在費などの膨大な費用だけでも非常に厳しいだろう。

　　　　　出走させるならば、賞金の為ではなく名誉の為なので、賞金を得たければ世界ではトップクラスに入る日本の重賞を制していれば一生安泰なのだから。

　　　　「それより、今は海外遠征の話よりもこれから行われるセントライト記念の結果を見ないとな」

　　　　　秋名はテーブルの上に置かれている競馬新聞を手に取り、軽く弄びながらセントライト記念の特集ページを開く。

　　　　　上位人気の馬が分かりやすいように調教写真が貼られており、前日人気ではエアダブリンとサクラローレル、タイフーンが抜き出ていると思われている。

　　　　　エアダブリンは日本ダービー２着の実績を持つので、１番人気に支持される事は納得の出来事だろう。

　　　　　続く２番人気のサクラローレルは８戦２勝だが、青葉賞３着の実績を示す通り距離が長い程、実力を発揮するタイプだと思われている。

　　　　　そして、タイフーンはやはり距離適正が不安視されている事が影響に及ばして３番人気に甘んじている状況。

　　　　「やはり、距離が長いと思われているのでしょうか？」
　　　　「そうだろうな。多分２０００ｍ付近までがタイフーンの距離適正だと思われているんだろう」

　　　　　私もそうだがな、と秋名は一言付け加えて、秋子を苦笑いさせつつ、秋子も決して口にはしていないが、顔つきはやや不安げな様子を醸し出す。

　　　　　競馬新聞の短評にも距離に不安と短く的確な表現で書かれており、この距離では信用されていない事が窺える。

　　　　「まぁ、人気よりも結果で示してくれれば良いんですけどね」

　　　　　秋名はその事には同意しており、競馬は人気よりも結果が上になった方が正しい事柄なのだから。

　　　　　さて、セントライト記念の開始時間前になり、各馬がタグで騎手に導かれてゲート前で輪乗りを繰り返す。

　　　　　そして、数分近く立ってから、ゲート係がスターターの上に乗ってレースを開始する赤旗が振られる。

　　　　　２枠２番からスタートとなるタイフーンは一旦、尻込みするも２回目にはキッチリとゲートに入って、最後に８枠１２番のエアダブリンが入る。

　　　　　そして、スタートが切られてから各馬は騎手に指示されて自身の脚質に合った位置取りを狙う。

　　　　　タイフーンは中団――１１頭立ての７～９番手辺りを馬場の内側から進んで、いつもの様に差し切り勝ちを狙う位置取り。

　　　　　２２００ｍもあるので、焦る必要は殆ど無くジックリと馬群の中でスタミナを温存させる。

　　　　「位置取りはいつも通りだが、何か縮こまっている様な気がするな」
　　　　「そうですか？わたしはいつも通りに見えますが」

　　　　　秋子の言い分に首を傾げつつ、秋子は再びＴＶに視線を戻してタイフーンのレース振りを見守る。

　　　　　既に１０００ｍを通過し、残りの距離は１２００ｍ――凡そ１：０８.０前後のタイムで決着が付くだろう。

　　　　　残りは外回りのコースから緩やか３コーナーと、外回りからのコースだと無いに等しい３コーナーよりも鋭角な最終コーナーと直線のみ。

　　　　　最後の直線には中山名物の坂が各馬のスタミナを飲み込むように待ち構えている。

　　　　「内側にいるので、大きく外を回る必要が無いのは良かったかもしれませんね」
　　　　「そうだな……と、残り距離は直線の３００ｍのみか」

　　　　　タイフーンは内側を悠々と走っていたので外に弾かれる心配は無く、後は前を走る馬を１頭ずつ抜くのみ。

　　　　　ここで先頭に踊り出たのは外から追い上げていたエアダブリンで、一気に突き放そうとするが、思ったよりも伸びない。

　　　　　逆に追い上げてきたのは前走のさくらんぼＳを勝利したウインドフィールズで、それに合わせるようにラグビカイザーも上がっていく。

　　　　　タイフーンは後方でもがいており鞭が入ろうが騎手が手綱で押しても、うんともすんとも言わず後方のままだった。

　　　　　結局タイフーンは１２頭中の１２着と初めての大敗を犯してしまった。

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　　　　　この話で出た簡潔競馬用語

　　　　　特になし。