秋競馬が開催さえる時期が到来し、Kanonファームの生産馬も夏休み――休養中の放牧先から帰厩して徐々に調教のピッチを上げる。
放牧中だからと言って完全に休ませる事は無く、1日でも緩めてしまうと元々人の手で産み出されたサラブレットは1ヶ月分の調教が無駄に。
なので、夏休みの過ごし方は速い時計を出来るだけ出さないで、長い距離をゆっくり走らせたりして、夏の熱い日差しの中でスタミナを鍛える。
今年はKanonファームに1頭も帰郷してきた馬はおらず、大手牧場の広大な放牧地に滞在していたので、順調に仕上がってきていると調教師の弁。
春の成績が微妙に悪い所があり、馬の緩んだ意識を変えるためにちょっぴり高い委託料を支払っただけでもある。
「うーん……やはり大手との差は未だに高い壁がそびえ立っていますね」
「こればかりは仕方ないだろう……ちょっとずつ踏破していけば良いと思うが」
どれだけ時間が掛かるかは分からないがな、と秋名は呟くと溜息を吐いてしまう。
調教施設の差も遥かにあり、Kanonファームは1週1000mのウッドチップコースのみ。
それに対して、大手牧場は高低差がある中山競馬場に近い坂路、屋内馬場と降雪時になっても調教が出来る状態が整っている。
コースの幅も広く、併せ馬が余裕で行えるので時にはGⅠ馬同士の併せ調教が観戦出来てしまうくらい豪華なメンバーが調教中されていた。
そのため、各馬もその馬の調教相手になる事があるので、刺激によって調整が上手くいく事が多い。
「まぁ、何かを学んでくれたら最高なんですがね」
「そうだな……それで勝利してくれたら高い委託料を払った甲斐がある訳だしな」
近いうちに復帰戦に出走しそうな馬はミストケープと2歳馬2頭を除く馬で、春以降は出走していない馬が優先されるだろう。
ストームブレイカーは京成杯オータムハンデから、ブルーフォーチュンは降級のため1600万下から1000万下に出走可能。
エアスパイラルはもう一度ダートを使ってみて結果次第ではダート路線に進むのが決定している。
ヤマトノミオも同じくダート路線だが、中央競馬のダートOP戦では1200mのレースが非常に少ないので、一応JBCスプリントに出走予定が。
タイフーンはナリタブライアンとかち合わない様にする為にセントライト記念から、菊花賞は距離が長すぎるのでマイルチャンピオンシップに回る予定。
最後にホワイトウインドだが、ようやくまともに調教が出来る体質に変化して敗戦からの逆襲の日々が近づいてきている。
そして、今週のレースにはイチゴサンデーはコスモス賞――札幌芝1800mで開催されるOP特別に出走する。
前走の新馬戦と同距離同コースなので、優位にレースを進められるのは大きな強みである。
そのため今回も前走に続いて見事1番人気に支持されているが、前回と違いOP特別なので、全頭が新馬戦或いは未勝利戦を勝ち上がっている。
なので、油断は決して出来ない状況であり、ここで勝ち上がれば後のローテーションが楽になるのだから狙わないと言う訳にもいかない。
今回は勝ち上がった馬が相手なので、どれだけ前走と同じような走りが出来るかが課題の1つで、2つ目は馬込みの中でレースを進めるとどうなるか実験。
2歳馬の時点で出来るだけ色々な事を試してみないと後に響くので、今回は敢えて馬込みの中で我慢させて、入れ込まないかなどの癖を見る必要がある。
その中で何かを見出して勝てれば御の字で、勝ちは狙っているのは確かだが、無理して勝利するよりも先を見据える方が大事なのだから。
「今回の枠が1枠1番で無ければ、実験はしなかったのか?」
「ここで楽に勝利して、重賞で揉まれて敗北するよりもOP戦で実験した方が重賞に繋がるでしょうから、どの枠でも指示していましたよ」
と、秋子は元からここで実験する決意はあったようで、サラリと流してしまう。
そんな訳でレース開始時間が刻々と迫ってきた。
イチゴサンデーは少しだけ入れ込んだ様子を見せるが、それほど激しくは無く無事にゲートに入り、最後に12番の馬が入ってからスタートする。
僅かに出遅れた馬が1頭居たが、それ以外は綺麗なスタートを切り、イチゴサンデーは秋子が想定していた位置――馬群に包まれた場所を駆ける。
窮屈そうに騎手と喧嘩しつつ前を走る馬から抉れた芝の一部がイチゴサンデーの顔に当たるが、シッカリと前を見据えて走っている。
「大丈夫そうですね」
「そうだな……後は何処で抜けるかだな」
既にレースは中盤が終わって、残りは2つのコーナーを越えてゴールまで駆けるのみ。
イチゴサンデーの現在位置は6番手辺りなので、徐々に外に進出して抜け出さないと囲まれたまま脚を余してしまう可能性が高い。
そして、4コーナーを回る間に1頭分の隙間が出来たのか、そこにイチゴサンデーを突っ込ませて、前で粘る5頭の馬を捉えに行く。
跳ね上げられた芝に鬱憤が溜まっていたのか、首を上手く使って2歳牝馬とは思えない追い上げを見せる。
1頭1頭と抜き去って、前を走る相手は残り1頭となるが、相変わらずイチゴサンデーの勢いは止まる事無く、ゴール前で首差だけ交わして2連勝を飾った。
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この話で出た簡潔競馬用語
特になし。